第12話 片割れ

「私が、双子……?」


 頭が追いつかない。

 それは最初に目覚めた時からだが、ずっと葵だけ置いてけぼりをくらっているように感じる。


「おぬし水波盛みなもりの生まれにちがいない。そのしるしを調べれば故郷こきょうもわかるだろう」

「じゃあ……本当の家族のことも……?」

「すでに調べはすんでいる」


 惲薊うんけいがリンへ視線を流すと、リンが代わって言った。


「両親のことを教えてやってもいいが、知ったからといって親には会えない。故郷こきょうにも帰れない。お前はだということを忘れるな」


 わざわざ刺すような言い方をされてムッとなる。

 だが確かに、捨て子なのは事実。生みの親と育ての親、どちらにも捨てられたなんて、悲しいを通り越して清々しい。

 それに葵はもうすぐ人柱ひとばしらになるのだ。

 親の事を知ったところでやしろからは出さないと言いたいのだろう。


(────けど、私だってまだ諦めたわけじゃない!!)


「まあまあ、そんな意地悪いじわるをしては巫女に嫌われてしまいますよ?」


 この場にそぐわない、柔らかい声色こわいろさとしたのは、リンと向かい合って座っている優男だった。


「ニシキ」


 リンが男に厳しい眼を向けた。


「余計な世話は無用むようと、常日頃つねひごろから再三さいさん申している」

「けれど、弟の心配をするのは兄として当然とうぜんの心だろう?」

「ここでは公私混同こうしこんどうひかえる決まりです」


(き、兄弟だったんだ……)


 顔も雰囲気も似ていないからわからなかった。


 弟に突き放されたニシキは眉尻を下げた。

 派閥はばつがあるのは、ついさっきの論争ろんそう一目瞭然いちもくりょうぜんだが、兄の方はそこまで熱心ではないのかもしれない。


「ああ、そうだね。これはつい失礼を……。しかしリン、巫女は国の命運めいうんになっているんだ。もう少し丁重ていちょうせっするべきだろう?」


 リンはそっぽを向いた。

 改善かいぜん余地よちはないらしい。


(こんのオカッパ男児たんじめ……!!)


 葵が身のうちでメラメラと炎を燃やしていると、ニシキ派の神官がわざとらしくリンに訊ねた。


「それこそ此度こたびの騒動の原因では?」


 一斉にリンへ視線が集まる。

 しかし当の本人は顔色一つ変えず、小首を傾げてみせた。

 その態度に、噛み付いた神官はムッとした表情かおで内容をげる。


「聞けば、巫女が目覚めるなりやしろから逃げ出したとか」

「妖獣の襲撃しゅうげきのさなか、さすがの神子みわこ様もきもを冷やしたのでは?」


 もう一人が皮肉げに笑うと、数人の神官達もあわせたように鼻で笑った。


「いやなに、我らは神子みわこ様の身を案じておるだけにございまする」

「いざ災蝕さいしょくというおりに、また巫女を失っては責任をとらねばなりますまい」


 わかりやすいあおりだ。


「貴様ら!! 黙って聞いておれば無礼な!!」


 リン側にした男達がすぐさま噛み付いた。


「だいたい、易々やすやす楼門ろうもんを開けたのは門番の失態しったいであろう!! リン様はしっかりと、おくり子のお役目を果たしておられる!!」

「そうだ!! 現に巫女は無事であろうが!!」


 そうだそうだ、と口々に野次やじがとぶ。男達は左右から睨み合い、火花を散らした。

 最悪なことに、葵はそのド真ん中に座らされているのだ。

 しかも、内容が自分のこととなるとさらに居心地が悪い。

 葵は殺伐さつばつとした空気のなか、いつ自分にも火の粉が飛んでくるかもわからずにビクビクしながら肩を寄せた。


「これ、よさぬか」


 見かねてニシキが止めに入った。


「巫女がおびえておるではないか」


 人の良さそうな、穏和な笑みを向けられて、葵は少しだけ気が抜ける。


「葵殿、お恥ずかしいところをお見せ致した。これでも気の者共ものどもなのです。どうか、お許しくだされ」

「は、はあ……」


 葵がぎこちなく頷くと、今度はリンに向き直った。


「大変失礼致した。災蝕さいしょくせまり、みな気が立っているゆえ。決して悪気はないのです」


 そうは言っても、リンが許すのだろうか。

 葵がビクビクしていると、ずっと黙っていたリンが口を開いた。


「いいて。此度こたびの件、まさか楼門ろうもんが開くとはつゆにも思わず、巫女から目をはなしたのも事実。私もまだまだ未熟者にございますれば、ご指摘、真摯しんしにお受けする所存しょぞん


(……だ、誰?)


 急に大袈裟おおげさなくらいに丁寧な言い回しをし始めたリンを、まさか人格じんかくが変わったのではないかと疑った。

 そんなに丁寧な謝罪ができるなら、普段もそうすればいいのに。


(私にはあんなに横暴おうぼうで雑なくせに!!)


 ニシキは笑みをやさずリンを見つめ、リンもまた、無表情ではあるが、ニシキを見た。

 いがみ合っているのは下の者達で、意外と当人達とうにんたち上手くやっているのかもしれない。


「────とはいえ」


 リンの独特な声が部屋中に響いた。

 誰もが彼に注目した。


「本来ならば決して開かぬはずの楼門ろうもんを、むやみに開けてしまったのは、門番達の怠惰たいだと片付けるのは、いささか不憫ふびんに思いますれば──」


 せっかくなごんだ空気が一瞬でぶち壊された。

 リンが言わんとしていることがわからず、ニシキは眉を寄せる。


「近頃、本殿への女の出入りが多々あるとか」


 その言葉に、ニシキ派の男達の何人かが息をんだのを、葵は見逃さなかった。

 ニシキは笑顔を絶やさず聞き返した。


「それは下女達だろう?」

「聞けば、兵士達の宿場しゅくばにあるくるわ遊女ゆうじょだという話。それも一人や二人の話ではない。顔馴染かおなじみみもあれば、時には入れ代わりもあると」

「まさか……本殿へは手形てがたのない者をまねき入れてはならない決まりだ」

「その手形てがたすら持っていないのに、だ」


 ニシキはおかしな聞き間違いをしたような表情かおをした。どうやら部下達のしている〝悪さ〟は初耳はつみみらしい。

 リンが容赦ようしゃなく追い討ちをかける。


「本殿に住まう男は我々のみ。まさか、下女達が女を買うわけがあるまい」


 これには惲薊うんけいもわかりやすく顔をしかめた。

 ニシキ側の後方に座る一人が、焦ったようにリン側の神官達を指さした。


「お、お主たちの誰かではないのか!?」


 なすり付け方が下手すぎる。だがまあ、焦るとそんなものかもしれない。

 いわれのない罪を擦り付けられた側は、当然憤慨ふんがいした。それをリンが片手をあげていさめると、神官達はぐっと不満を飲み込んだ。


「門番達は、女を南棟へ通すよう言われたと言っていたが?」

「……記憶にござらん」


(政治家か!)


 葵は思わず心の中でつっこんだ。

 どこの国も言い訳の文句もんくは一緒なのだろうか。


「そうか、では個人の名を出せば思い出せるだろう?」


 すかさずリンが言い返すと、今度こそぐうの音も出なくなった。

 それでもリンの追い込みは終わらない。


「巫女が不足し国が危ういというのに、お前たちは随分ずいぶんと暇をしているらしい。こうも女の出入りが激しくては、巫女の顔を知らぬ門番達に、区別をつけろというのも無理な話。警備けいびゆるみがしょうじたのは、堕落だらくした神官共の責任と言わざるを得ない」


 リンが睨みつけると、身に覚えのある神官しんかん達がたじろいだ。

 ついさっきまでリンが一方的に責められていたのが、いつの間にか形勢逆転である。


「であるのに、当人とうにんたちは責任意識も薄いと見える。我らの行儀こうぎ一つに多くの民の命運めいうんが掛かっているというのに、心を改めることすらできないのか」


 そういうことか、と葵はリンの魂胆こんたんを理解した。

 現代風いまふうに言い直すとこうだ。


『上の立場の俺は頭を下げたのに、お前らはプライドばかりで出来ないの? 国民の命が掛かってんだけど、おわかり?』


 相手の攻撃こうげきを逆手にとり、責任追及のみでなく、実直じっちょくさもアピール。

 最初の丁寧な謝罪は、このためだったというわけだ。

 全てはリンの思惑おもわくどおりということだ。


(うわあ、やっぱりあいつ超性格悪い!!)


「ついでに言えば、これにじょうじて私の顔に泥をった者もいるようだ」


 ギラギラと殺気を向けられ、葵は勢いよく顔をそらした。

 尋常じんじょうではない量の冷や汗が流れる。


(こ、殺される────!!)



「もうよい」


 鶴の一声でその場をしずめたのは、ずっと事の次第しだいを見守っていた惲薊うんけいだった。


「リン、そのくらいにしておいてやれ」


 リンは素直に頭を下げた。


「ニシキ、下官げかんたちの気のゆるみはお主の責任。決してするな、とは言わぬが、女遊びも程々にせよ」

面目至極めんぼくしごくもございません……」


 ニシキが深々と謝罪すると、それにならって全員が手をついて頭を下げた。

 惲薊うんけいが睨みを利かせただけで、神官達は親に叱られた子供のように大人しくなる。そうさせるだけの威圧感があるのだ。

 葵には、惲薊が向けたその眼が、リンのそれと重なって見えた。

 顔が全然似ていなくても、やはり親子。似るところは似るのか。


 それにしても────。


(この会議……疲れる……)


 いつもこんなのでは、胃に穴があいてしまいそうだ。

 神官達は抜きにしても、トップの三人は血の繋がった家族であるはずなのに、それぞれの間には見えない壁があるように感じる。妙な感じだ。


 再び静寂がおとずれ、惲薊は葵を見下ろした。


「葵よ。村まで逃げたことは、すでにリンから聞いておる」


 葵はギクリとする。

 罰を言い渡されるのではないかと、怖くなった。


「だ、だって! 私死ぬんでしょう!? まだ死にたくないもの!! お願いします、家に帰してください!!」


 数秒、間があった後、神官達の罵声ばせいが葵に降りかかった。

 リンも今度こそ止める気はないようで、うんざりしたようにあさっての方向を見るばかりで、葵と目を合わせようとしない。優しげな笑みを浮かべていたニシキも難しい顔で押し黙っている。

 結局、罵詈雑言ばりぞうごんの嵐は惲薊うんけいが口を開くまでやむことはなく、葵はうつむきながらじっと耐え続けた。


「お主は巫女の教育を受けていないゆえ、おのれの運命を恐れるのもいたしかたない」

「だったら────!!」

「が、それは出来ぬ」

「どうして!?」

「一人の命と多数の命、どちらが重いかはかりにかけるまでもなかろう」


 もしかしたら、と微かな希望を抱いていたが、甘かった。

 ここには味方どころか、同情する者すらいない。

 残酷な現実を突きつけられ、涙が流れた。


「そもそもお主は赤子あかごの頃に死ぬはずだった。逃げたとて、ここ以外では生きられぬ。受け入れよ」

「でも、でも────!!」

「儀式は明日、とりおこなう」

「あ、明日!?」


 男達は声をそろえて返事をした。


「リン、巫女が命をして国を救ってくれるのだ。できる限りのことはしてやれ」

承知しょうちしました」


 まるで葵が自主的に犠牲になるような言い方に耳を疑う。

 所詮、この当主も腹の中は真っ黒だった。


「ま、待って下さい!! そんなのって────!!!!!!!!!!!」

「それからリン、髪を染めろ。何度も言わせるでない」

「……は」


 惲薊うんけいは吐き捨てるようにリンに言うと、葵の訴えに耳を貸すこともなく行ってしまった。


「なんで、私がこんなことに……」


(明日……明日死ぬ……?)


 絶望に打ちひしがれる葵の声を聞く者は、誰もいない。

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