それからのこと(上)
二人はそれぞれの道を進む。時に離れ、時に重なるその道を。
アンリが島に帰ってから、
弥二郎は、里の様子を、都の様子を、国の様子を手紙でアンリに伝える。アンリが気にしていないはずなどないから。気になっても、実際に確認することができないアンリの代わりに、弥二郎が見て、伝える。アンリからは、島の様子などが返ってくる。ただ、島にはあまり変化がないようだった。
アンリが島へ帰った当初は、アンリが島にいたって何も変わらないと、そう伝えて呼び戻そうと考えていた。ところが、アンリが島へ帰ると、天候はピタリと落ち着いた。一時的なものだと、アンリは関係ないと思い込もうとしたが、荒れることはなく、アンリに戻ってこいと伝えることはできなかった。
『アンリ様
お元気ですか。こちらは、私も両親も元気にしています。あなたが島へ帰ってから半年、たった半年、そんなに変わるものではありません。ただ、天を除いて。
あなたが島へ帰ってすぐ、天はピタリと凪ぎました。本当は、もっと早くにこのことをお伝えすべきでした。けれども、たまたまだと、あなたの行動とは関係ないと、もう少し様子を見なければと、半年経ってしまいました。
もうすぐ、収穫の季節がやってきます。気候に恵まれ、今年は豊作になりそうです。まだ収穫前だというのに、多くの里では喜びの声が上がっています。冬へ向けての準備も始まっています。今年の冬は、あなたが島へ戻ったから、そんなに寒くはならないのでしょう。けれども、昨年、一昨年の冬を経験した人々は、準備に余念がありません。本当に、あなたが島へ帰ることを決断したあの冬は、寒かった。
多くの人は、この恵みがあなたを一人島へ隔離することによってもたらされているなど、知りません。それを責めることはできません。ただ、知っている者として、皆を代表して言わせてください。
ありがとう。
最後に、遅くなって申し訳ありません。 弥二郎』
アンリは手紙を読み終えると、両手でしっかり胸元に抱きかかえた。
「本当に遅いんだから。どれだけ心配したと思っているの」
アンリは、島に戻らなければいけないことはわかっていたものの、島に戻ってもその後どうなるのかはわかっていなかった。荒れた天候が治まるだろうとは思っていたものの、それがどのくらいかかるのかは、全く予想がつかなかった。弥二郎からの手紙が届かず、悪いことばかりを考えていた。
東の浜辺に打ち上げられた舟の中に、手紙と飛ばないように押さえるための石だけが入った舟を見つけたとき、他の作業はどうでもよくなって、砂がつくこともどうでもよくなって、手紙を読み込んだ。読み終え、少し落ち着いた。視線を動かせば、作業の途中で放置しているのが見える。作業に戻らなければと、腰を上げる。返事は何を書こう。久しぶりに心が弾んだ。
アンリが島に帰ったとき、浜には舟があふれていた。それを見て、やっぱりと思ったのだ。東の浜に流れ着いた舟を回収し、西の浜から空の舟を流す者がいないことを示していた。そう、おばちゃんはもういないことを。一方でその舟は、里の人たちがずっと送り続けてくれていたことを示していた。空になった舟が返ってなくとも、天候が荒れようとも、それでもずっと供物の舟を流し続けていてくれたことを。これからは、少しずつ返していかなければならない。
舟の海を足場を探しながら渡る。やっとの思いで渡りきると、島の真ん中の家に向かった。道のりは、記憶のものと変わっていなかった。家の前の畑は、それほど荒れてはいなかった。少し手入れをすれば、作物を植えられるだろう。おばちゃんは、家の中で骨だけになっていた。アンリが帰ってくるのが遅かったから。それでも、寝ている間に亡くなったのであろうことが見て取れ、アンリは少しだけほっとした。
アンリはまず、骨だけになってしまったおばちゃんを、埋葬することから始めた。昔、お墓だとおばちゃんに教えてもらったところの一角に穴を掘る。おばちゃんの骨を、おばちゃんがよく着ていた着物で包んで、穴にそっと入れる。その上に土を重ねた。少し土が盛り上がった以外は、何も目印がない小さなお墓に、アンリは手を合わせた。
さてと、アンリは立ち上がった。次は自分が生きていくことを考えなければならない。物置小屋を確認すれば、穀物はそのまま食べられそうだった。アンリが一緒に持ってきた物や、浜辺の舟の荷物で、どうにかなりそうだった。少しずつ、生活の基盤を整えていくことにした。
『弥二郎様
お手紙ありがとうございます。皆様がお元気とのこと、待ちわびた知らせでした。私も元気にしております。
一人で過ごす島の時間は、なんだか長く感じます。皆様と過ごした、楽しかった時間を思い出しては、もうすでに懐かしく感じています。島に帰った当初は、色々とやらなければならないことが山積みでしたが、今は落ち着きました。そうなりますとやはり、持て余す時間ができてしまいます。そのような時間は、残されている多くの書物を読んでいます。何かしら、助けとなることが書かれていないかと、それがきっかけではありましたが、今は色々と知ることが楽しくなってきています。
私がこのように書物を読むことができるもの、弥二郎様の手紙を読み、このようにお返事を書くことができるのも、
一緒にお送りした包みですが、どうぞお父様にお渡しください。と申しますのも、島に帰って、家の整理をしておりましたら、出てきた物なのです。男物に仕立てられておりますので、きっとおばちゃんがお父様のことを考えながら縫ったものだと思います。届いた反物を見て、お父様に似合いそうだと思ったのでしょう。弥二郎様がお召しになられても、よいとは思うのですが、どうせなら弥二郎様には私が仕立てたく思います。それまで、もうしばらくお待ちいただけませんか。
またのお手紙、楽しみにしております。 アンリ』
弥二郎は手紙を読み終えると、一緒に送られてきた包みに目をやった。舟を回収に行き、手紙と一緒に包みが載っているのを見つけたときは、アンリから自分への贈り物かと思ったが、そうではなかった。そうではなかったことを残念には思ったが、手紙に書かれていた事情ならば、これはこのまま開けずに父に届けるべき物だろう。弥二郎は、アンリの島もおばちゃんのことも知らない。父はほんの
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