第66話 スースーするので返してください。

 エレナの部屋で夕飯とデザートを頂いた後、時間も遅くなってきたから、明日も学校ってことでそろそろ帰る事にした。


「さみしぃです……」


 そんなことを言いながらしがみついてくるのが可愛すぎてどうしよう!?


「俺もだよ。また来るから」


「はぃ。あの……帰る前にキスしてくださいな?」


 そう言いながら首を傾けるエレナに帰り際に玄関でキスをして、俺は外に出た。


 その帰り道。今日のエレナが可愛すぎて自分の頬が緩むのを感じながら歩いていると、突然声をかけられた。


「お待ちしておりました。悠聖様」


 そこにいたのは、メイド姿で凛としたたたずまいの──


「ミユさん?」


「はい、【いつもあなたのお側に】がモットーの、エレナお嬢様のメイドのミユでございます。以前はモニター越しでしたから、こうして会うのは初めてになりますね」


 カーテシーって言うんだっけ?そんな感じで、ミユさんは頭をさげてきた。

 エレナから色々話を聞いてたから、なんか初めてって感じもしないかな?

 あと、今お側にいないよな?モットーは?


「そうですね。一応初めまして?ですね。それにしても待ってましたってのは?」


「それはこちらで話しましょう。ここは道端ですからね。黙ってついてきてもらえますか?」


 そう言って俺に背を向けると、近くにある公園に向かって歩きだした。以前、俺が雪花に告白した公園だ。

 なんか言い方もちょっとキツイし、歩いてる間の沈黙がなんか嫌な感じがするな……。適当に話題をだしてみるか。


「そいえばミユさんもSNSやってるんですよね?エレナから聞いたんですけど……」


「悠聖様。【黙ってついてきてもらえますか?】と言ったはずですが?」


 さっきより少し低い声が聞こえて、ゾワッとする。やばい、あやまらないと……。


「え?あ、すいません。なんか沈黙に耐えきれなくて……」


「ふぅ」


 ちょうど公園の中に入り、謝罪の言葉の最中にミユさんの小さなため息が聞こえた。

 その直後──


「っ!がっ!」


 こっちを振り向いた瞬間に目の前に来たかと思うと、俺の足元の感覚が無くなる。

 足払い!?

 すると浮遊感を感じる間もなくすぐに膝が腹に当たり、地面に尻と背中を押し付けられた。その後すぐに、頭上で両手首に何か布のような物を巻かれて口を押さえつけられる。

 目の前でスカートが捲れ上がる(見えなかった!)と同時に、以前モニター越しに見た銃が突き付けられた。


「私は『黙れ』と言ったはずです。今から質問致します。答えはYESなら瞬き一回。NOなら二回で。わかりましたか?」


 俺は必死に頷きながら瞬きを一度だけした。

 は?なんだこれ?なんなんだよこれ!?


「よろしい。では一つ目です。今日は楽しかったですか?」


 ん?俺の状況と一致しない質問だな。

 とりあえず俺は一回瞬きする。


「二つ目。お嬢様のお料理はおいしかったですか?」


 また一回。


「三つ目。キスはしましたか?」


 これも一回。


「では最後に。お嬢様を……愛しましたか?」


 これにも嘘はつかずに一回。


「そうですか。──薄々勘づいているとは思いますが、お嬢様の家はやや特殊です。今までも色々な事件もございました。ですから、今までにこんなにも心を許し、ここまで信頼を得た方はアナタ以外におりません。」


 な、なんの話だ?


「危険から守れとは言いません。それは私達の役目ですので。ですから……」


 ミユさんの目を見つめる。


「お嬢様の心をお守りすることをお願いしてもいいでしょうか?多少は変な所もありますが、寂しがりなお人なのです」


 わかってる。

 迷うことはない。昼間に誓ったばかりだしな。

 俺はミユさんの目を見て、力いっぱいにうなづいて一度だけ瞬きをした。


「安心しました。これで躊躇してたらバンバンッ♪でしたね」


 そう言うと、俺の体から銃は離れ、口元からはミユさんの手が離れた。おっかねぇなぁ。


「プハッ!はぁ……何もここまで押さえつけなくても良かったんじゃないですか?」


「まぁ、そうですね。けど、黙れと言ったのに黙らなかったのでイラッとしまして。後は、お嬢様を一人占めして羨ましいのも多少」


 うそつけ!絶対羨ましさがほとんどだろ!


「後は……そうですね。では、これは謝罪の代わりということで」


 え?


「んむっ!」


 は?キス!?


「んっ……はぁ。これで私もお嬢様と間接キスですね。うふふ……。あ、ちなみにファーストキスです」


「え、えぇぇぇ。そんな淡々と……」


 こえぇ!このメイドさんこえぇよ!


「では、そろそろ帰りましょうか」


「そ、そうですね……」


 最後のでどっと疲れたよ。


「あっ、手首に巻いてるのは返してくださいね?今の季節ですとスースーするので。欲しければ差し上げますが?」


 手首?そう言われて自分の手首を巻いてるものを見る。

 街灯に照らされて俺の瞳にうつったものは……


「んなっ!これってパ、パ……って要りませんよ!返しますよ!」


 すぐに外して手渡した。

 な、なんつーものを人の手首に巻いてんだこの人は!


「あら、お嫌いですか?」


「お嫌いではありませんが遠慮しておきます!」


「そうですか。では、失礼致します」


 ミユさんはそう言うと、深くお辞儀をしてから街灯の奥に消えて行った。


 濃い一日だったなぁ……。


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