第65話 恥ずかしいんです……

 睦月とのデートの翌週の日曜日。

 今日はエレナと出かけることになっていた。

 最初は部屋まで迎えに行く予定だったのだが、エレナが待ち合わせがしたいって言うので俺は今駅前に来ていた。


「ゆ、悠聖さん。お待たせ……しました」


 声の方を振り向くと、膝丈のニットワンピにコートを羽織って肩掛けのポーチをかけた、顔を赤くしているエレナが立っていた。


「おう。……顔赤いけど大丈夫か?」


「へ?いえ、あの、実はデートは生まれて初めてでしてその……緊張してますのです……うぅ」


 言いながら両手で顔を隠すが、指の隙間から見える肌は赤く染まっていた。


「えっと、じゃあそろそらいくか?」


 俺は手を出す。あ、やべ。いつもの雪花との癖でやっちまった。


「はい。えっと……えぃ」


 するとエレナは差し出した手を避けて、俺の服の裾を掴んできた。


「あの……まだ、恥ずかしいのでこれでお願いします。出来ればちょっと前を歩いてくれるませんか?あっ、その……あんまり顔は見ないでっ……うぅぅ」


 ……誰だこの子。ミユさんの変装じゃないよな?確認の為に顔を覗き込むと、右手は裾を掴んだままで片手で顔を隠してキョロキョロしていた。隠れてないけど。

 可愛い……。なんかこう……からかいたくなるような。


「じゃあ今日はエレナの可愛い顔は見れないのか。はぁ、残念だなぁ」


「か、かわっ………あぅ。今日の悠聖さんは意地悪です。いつもは頼んでも意地悪してくれませんのに」


「まぁ頼まれてするもんじゃないしな。意地悪ってのは」


「もう!わかりました。けど、せめて最初のお店まではこのままでお願いしますね?」


「かしこまりました。お嬢様?」


「もうっ!ミユの真似じゃないですか!」


 その後、俺達が最初に向かったのは駅前のファッションビル。エレナが服を見たいと言ったからだ。そう、服をだ。なのに今いるのは、


「なぜ俺はこんなところにいる?」


「え?どうしました?あ、これなんかどうです?リボンとフリルが可愛くないですか?」


「あー、いいんじゃない?」


「ちゃんと見てください。これは悠聖さんにしか見せないんですから」


 言われて視線を向けると、手に持っていたのはとても可愛らしい……下着だった。


「俺にしかって……。それに服見るんじゃなかったのか?ここにいるの気まずいんだけだ」


 ランジェリーショップだった。


「ちゃんと見えない所のオシャレですよ?で、どうですか?」


「あーその、すげぇ可愛いと思うぞ?」


「ホントですか?ならこれ買いますね♪後で着たところ見せてあげますからね」


「あ、あぁ」


 後でって……。


 買い物が済むと、軽く食事をとるために近くのカフェに入った。なんでも、エレナがデートするならで行ってみたい場所だったらしい。俺はコーヒーとホットサンドを。エレナはパスタセットとケーキ。後何かを小声で頼んでいた。エレナが注文を終えると、ニコニコしながら口を開く。


「早くこないですかね?楽しみです♪」


「なんかこっそり頼んでたけど何を頼んだんだ?」


「ふふ、来てからのお楽しみです」


 楽しそうに言うその姿はとても可愛らしかった。

 待ってる間に何組か客が入ってきたけど、みんなエレナの事を一度は見ている。

 これだけの美少女だもんな。当然か。


「おまたせしました」


 そんな事を考えていたら目の前に注文の品が置かれた。


「お、待ってました……んん?」


 向かい合わせで座る俺とエレナの間に派手なグラスにはいった大きめのドリンクが置かれた。しかもストローが二つ。これは……。


「好きな人とこれ飲むの夢だったんです。イヤ……でした?」


 そんな可愛い事を言いながら上目遣い。これを断れる男がいるはすがない。


「大丈夫。ちょっと恥ずかしいけどな」


「良かったです。じゃあ一緒に」


 エレナが片方のストローに口をつける。

 俺ももう片方に……って顔近くて思ったより恥ずかしいぞこれ。

 少し飲んで同時に口を離す。


「夢がひとつ叶いました。なんだか幸せです。ホントに」


 呟いてテーブルに置いていた俺の手に自分の手を重ねてきた。


「エレナ?」


「悠聖さんお願いです。アナタの回りには雪花さんをはじめ、魅力的な女性がたくさんいます。ワタシはその中の一人でかまいません。だからどうかワタシの事も離さないでくださいね?」


 俺の手を握る力が強くなる。

 ホントに俺の事を好いてくれてるんだな。

 なら俺の答えは一つ。すでに覚悟は決めている。周りに最低とかなんて言われてもかまわない。俺は──


「あぁ、絶対に離さない。みんなを幸せにしてみせる。だからエレナも俺の事を支えていてくれな?」


「っ!はいっ!」


 大きく頷くエレナの目尻には光る物が見えた。


 カフェを出た後は適当に街をぶらつき、今はエレナの部屋に向かっている。なんでも、昨日から準備していた夕飯をたくさんあるから食べていって欲しいとのこと。断る理由もないし、きっとミユさんもいるのだろう。


 部屋に入ると、すぐに食事がでてきた。温めるだけの状態にしていたらしい。ミユさんの事を聞くと、今日は休みを取らせたとのこと。


「ふぅ、うまかった!エレナは料理もできるんだな?」


「はい、一通りは国で仕込まれましたから。あ、少し汚れたのでワタシちょっと着替えてきますね?」


「え?あ、うん」


 着替えてくるのを、テレビを見ながら待っている。ちょうど好きな番組がやってたからそれを見ていると水音がする。シャワーかな?

 まぁ、女の子だもんな。おっ、好きな芸人出てきた。


「あの、悠聖さん……」


「ん?着替え終わ……っ!」


 声の先には今日俺が選んだ下着に身を包んだエレナが立っていた。

 恥ずかしさなのか、シャワーのせいなのかはわからないが、雪の様な真っ白な肌はほんのり桜色になっている。その姿はとても──


「可愛い……」


 思った事がそのまま口を出ていく。


「っ!あ、ありがとうございます。これ、悠聖さんが選んでくれたものです。その、後で見せるって約束したので……恥ずかしさで死にそうですけど……」


「う、うん。すごい似合ってる……」


「そ、それでですね?あの……えっと……」


 な、なんだ?


「デ、デザートはいかが……ですか?」


 !?


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