第13話 約束

「なにがあったの?」


 シモンはエクスピアとともにゲート前にいた。


 基地内は騒々しく、自警団員以外の住人には部屋からの外出の禁止が言い渡されていた。シモンは特権を振りかざし、状況を把握するためにホルクのもとへ向かったのだった。


「メルマキナの大群が現れたんです」


「もう近いの?」


「はい。一分前と二十三秒前に『危険領域』からこちらに向かっています」ホルクは時計を見ずに告げた。やはり優秀だ。


「どうしてこっちに」


「一番近いからだろう」答えたのはエクスピアだった。「姿は確認しているな? 四足歩行じゃなかったか」


「え、あ、はい。でもどうして……」


「大群って何体ぐらいなの?」


「それが、正確な個体数は不明なんです。数が多過ぎて、把握しきれていません」


「そんなの人間がどうにかできるレベルじゃないわ。セドルさんはどうするって言っているの?」


「誘導及び迎撃、と」


「不可能だってことは、彼もわかっているでしょうね」


「誘導くらいならば可能だと思います」


「無理だな」エクスピアが否定した。


「あなた、さっきからなんですか?」ホルクがエクスピアに突っかかる。「知ったようなことばかり言って、それで無理とかやめてください。それでも誰かがやらなきゃいけないんです。みんな、ここを守りたいんです。それなのに――」


「そんなこと知っている」エクスピアは明後日の方向を向いた。「だから俺が行こう」


「なにを言っているんですか……?」


「私も行く」


「あんたはダメだ。なにもできない」


「あなたが敵じゃないことを証明できるわ」


「ちょっと待ってください。事情はわかりませんけど、自警団員以外を外に出すことはできません。いくらシモンさんだとしても、これだけは守ってもらわないと」


「守らなかったら、私はどうなるの?」


「守らせます」


「どうしても?」


「はい」


「エクスピアはメルマキナよ」シモンは告げた。


「――えっ?」


「私の隣にいる彼、人類の敵よ」


「そ、そんな嘘にはひっかかりませんよ」


「エクスピア」シモンはチョークバックから、トランシーバーを取り出した。「お願い」


「わかった」


「ちょっと、なにをする気ですか――」


 シモンがトランシーバーを放り投げ、エクスピアが右腕を挙げた。高い音が一瞬だけすると、トランシーバーはただの残骸に成り果てた。


 ホルクは驚いて、床に座り込んだ。


「な、なんですか、今のは……」


「わかった? 彼はメルマキナなの。あなたもバラバラになりたくなかったら、私たちを通して」


「いつから……」ホルクは声を震わせる。「いつから、あいつらの仲間になったんですか! 僕たちを騙して……まさか、この状況はシモンさんが引き起こしたんですか!?」


「……行きましょう」シモンはホルクを無視した。これ以上は時間を割くわけにいかない。


「ああ」


 エレベーターに乗り込み、扉が閉まっていく中、震えるホルクの姿が見えた。敵意に満ちたような目をすると思った。だが、彼の目はただ目の前にいた恐怖に怯えているだけだ。そして恐怖のあまり思考が鈍っている。


「あれでよかったのか?」


「嫌われるだけなら構わないわ。ここにいられなくなってもいい。一人でも多くの命を救えるのなら、それくらいなんでもないわ」シモンは言う。「あなたと同じね」


「……そうだな」


 地上へ辿り着き、エレベーターが止まる。それに合わせて、扉が開いた。


 砂嵐はおさまっていて、視界は良好だった。自警団員の何人かの後ろ姿が見える。武器を構え、臨戦態勢に入っていた。音がしないということは、まだ影程度しか見えないのかもしれない。


 彼らのもとに近づいていくと、一番後方にいた一人がシモンたちに気付いて走ってきた。


「なにをしているんですか! すぐに戻ってください」


「あなたたちこそ戻って。襲撃にくるメルマキナは、私たちじゃ勝てないわ」


「勝てないからといって引き下がるわけにはいきません。わかっているでしょう」


「私たちには勝てないだけ。だから彼に――」


 シモンがエクスピアを紹介しようとしたときだった。遠くに見える影の一帯が光り始めた。青白い光が次第に大きくなっていく。


 見たことのない光に、団員たちは戸惑っていた。相手がなにをしてくるのか判明していない以上、防御態勢へ移すこともできない。


(エクスピア……!)


 彼に防御を頼もうと振り向いた。


 しかし、エクスピアはもう背後にはいなかった。


 すぐに理解し、正面に向き直る。


 団員たちが、みな彼に注目していた。


 そんな彼らとシモンに、エクスピアはただ一言。


「伏せていろ」


 瞬間、彼の前で光の進行が止まった。


 シモンにはわかる。


 風の防壁だ。それもかなり巨大なもの。


 風に舞った砂で弓状のラインが描かれている。


 防壁に直撃した光線群は、ゆらゆらと波打ちながら分散していく。


「なんなんだ、これは……」誰かが言った。


「どうなってるんだよ」と別の男。


「訊いて!」シモンは叫ぶように言った。そうしければ風と光の衝突音に負けてしまう。エクスピア以外が注目した。「彼は敵じゃない。私たちの味方なの」


「この力は、メルマキナじゃないのか」


「でも、敵じゃない」


「信じられない」


「じゃあ見て。今、あなたたちを守っているのは誰? 目の前の光景は信じる信じないの問題じゃないでしょう」


 彼らが動揺してしまうことはわかりきっていたことだ。最大の敵として人間が戦ったメルマキナが、目の前で守ってくれているのだ。心が揺れ動いてしまっても不思議ではない。


 ずっと昔から敵として認知され、世代を超えて教えられてきた。中には屈辱だと感じている者もいるかもしれない。ただメルマキナに守られていることにそう思っている者もいるだろうし、自分たちの手で人間を守れない弱さに嘆いている者もいるかもしれない。


 それでもシモンは伝えなければならなかった。たとえ屈辱を感じさせてしまっても、彼の中にそびえ立つ芯を折ることになっても、戦わせるわけにはいかない。無闇に命を落とさせるわけにはならない。


 嘆くことができるのは、生きているからなのだから。


 死んでしまえば、なにもできない。


 エクスピアの視線が向いていることにシモンは気付き、強い光を手で遮りながら彼に近寄った。


「このままじゃ時間の無駄だ。直接、破壊しに行ってくる」


「ええ、わかったわ。気をつけて」シモンは頷いた。「それから、ごめんなさい」


「なにがだ」


「あなたに頼ってしまって……。あなたにすべてを委ねてしまって」


「言ったはずだ。俺はあんたを守る。それは、気持ちを含めてだ。あんたが守りたいと思うものも、俺が守ってやる。心配しなくていい」


 どんな言葉よりも心強かった。ほんの少しだけ残っていた彼(メルマキナ)に対する疑念が一掃された。


「ありがとう――ねえ、エクスピア」


「なんだ」


「もし、ここにいられなくなったら、あなたと旅がしたい」


 それはなんとなく、しかし彼とともに過ごすうちにはっきりと芽生えた感情だった。エクスピアと旅がしたい。人間を想うメルマキナがいるという希望を伝える旅をしたいと思っていた。


「もの好きだな」


「だめ?」


「いや……、悪くない提案だ」


「じゃあ約束よ」


「ああ、約束だ」


 光が途絶え、それと同時にエクスピアは大群に向かっていった。

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