第4章

第14話 救いの光

 遠くで大きな竜巻が天に向かって伸びていた。その中にはいくつもの点があり、それらはときおり蒼白い光や黄色い光を放った。それがセルウィの破壊、または彼らの攻撃であることはすぐにわかった。しかしその竜巻にはすべてが無意味だ。


 周りにいる人たちは「凄い」「すげえ」などとその光景を見て呟いていた。思わず漏れてしまった心の声であるためか、どれも微かなものばかりだ。けれどもシモンはそれらを聞き取っていた。彼らの畏怖の声を。


 シモンは竜巻を見ながら、トランシーバーを取り出した。セドルたちが撃退に向かっている。とてもじゃないが、人間がどうこうできる物量ではないため、彼らの身が心配だった。


(お願い……、出て)


 しかしその思いとは裏腹に、トランシーバーからセドルの声が聞こえることはない。風のせいだと言い聞かせながら、何度も呼びかける。


「お、おい!」


 誰かが叫ぶのと同時に、ざわめきと短い悲鳴が上がった。シモンは振り向き、なにが起きたのかを確認する。


「そんな……」


 振り返った先には、犬型のメルマキナがいた。一体だけが、こちらの様子を確認するようにジッと目を向けている。そしてそのさらに先に、犬型の大群が見えた。まだ襲ってくる様子はなく、立ち止まっている。


 後ずさりをする者、腰が抜けて尻餅をつく者、立ち向かおうと銃を向ける者など、様々な反応を見せる自警団員。同じなのは全員の身体が震えていることだ。一体だけならばなんとかなったかもしれないが、この数が視界に入れば、自分たちの無力さを知る。


 守りたいものが“ここ”にあるだけに、戦わなければならないというジレンマと容易に想像できる『死』の未来が、心と脳を支配している。


「ど、どうするんだよ……」


 自警団員の一人が、シモンに助けを求めた。怯え、絶望し、生きたいという眼差し。けれどもそれは、正確にはシモンに向けられているのではない。彼が本当に助けを求めているのはエクスピアだ。


 しかし彼とて、この状況をどうにかするのは難しいはずだ。セルウィを殲滅できる力があっても、その数が膨大であれば当然、殲滅するまでの時間もかかる。エクスピアがまだ戻ってこないのが、それを物語っている。


 メルマキナの冷たい視線が、シモンに向けられるように感じられた。それだけで背筋が凍り、嫌な汗が溢れ出る。呼吸も荒くなり、自分の心臓の音がよく聞こえた。


 手持ちにあるのは、あの誘導爆弾が一つだけだ。ただエクスピアが折らず、攻撃態勢ができていないこの状況では、きっと意味をなさない。逃げる時間を稼ごうにも、これだけの人数が同時に動けば、メルマキナに気付かれる。


(どうする……)


 下手に動けばメルマキナも行動するだろう。しかし動かなくともやがて行動を起こされ、大群が押し寄せてくる。


 どうにもならないこと、どうにもできないことがわかりながらも、打開策がないかを必死に思案する。メルマキナ一体を倒すには、脆い間接部を狙うしかないが、一発の銃弾で打ち抜くだけでは機能停止までに至ることはできない。できたとしても、それはかなり低い可能性である。


 しかしたとえ一発でメルマキナを一体倒したとしても、銃弾の数が足りない。一体を一発で倒すのも希望的に過ぎないのに、これだけの数はやはり絶望だ。


 突然、渇いた音が響き渡った。恐怖による緊張に耐えきれなくなった自警団員の一人が、ついにメルマキナに発砲したのだ。それは見事に命中するも、メルマキナには掠り傷がついた程度だった。


 犬型の視線がその団員に向けられる。


「ひ、ひぃ!」


 怯えるように引き金を引いたまま、乱射する団員。それに合わせるように他の団員たちも乱射を始める。誰もが目の前の脅威に、そして緊張の空気に耐えきれなかった。冷静な判断ができていない。目の前の一体を倒したところで、現状はなにも変わらないのだ。


 シモンは銃声の嵐の中でも、中だからこそ冷静な思考ができていた。けれども打開策は見つからない。彼らを止めるための声も届かない。


 銃弾がメルマキナに直撃する音、砂漠を穿つ音が続く中で、異質な音が混じった。メルマキナが吠えたのだ。舞う砂埃の先にあった影の大群が動き始めた。


 銃声が鳴り止むと、団員たちは銃を地面に落とした。全員が銃撃してようやく倒したメルマキナ一体を見て、あるいは迫りくる巨影を認識して渇いた笑いを零した。


 皮肉なことに、メルマキナを倒したことで心が折れたのだ。現実と未来を知り、抗う術がないことに気付いた。


 シモンは声を出そうとして失敗する。いったいどんな言葉をかければ正しいのか判然としなかった。なにを言っても無駄だ。シモン自身、この現状では無力だ。力のない者がなにを言おうと励ましの言葉にはならない。


 できるのは唇を噛み締め、拳を握ることだけだ。


 そして後悔した。あれらをエリアRに呼びよせてしまったのは自分ではないかと。多くの命を救おうとして、逆に奪ってしまう事態を招いた。


 どう償えばいいのか。


 はたして償うことができるのか。


(……ごめんね、エクスピア)


 自分から約束をしておいて守れそうにない。だからひっそりと心の中で謝罪の言葉を述べた。助けて、とは言えない。彼はもうシモンたちを救うために戦っているのだ。


 先頭で走っていたメルマキナが、動けない団員に飛び掛かった。鋭い牙と爪よりも、それを目にした団員の歪んだ顔が焼き付いた。


「うわあああああああああ!」


 悲鳴を上げる団員。


 誰もが次は自分たちだと思っていただろう。


 だが。


 ガキンッ、と重い音が、その幻想を砕いた。飛び掛かったメルマキナの身体は、横から受けた衝撃によって大きく吹き飛んだ。


「待たせたな!」


 シモンたちの視線が、その声の主に向けられた。そして団員たちが歓喜の色を込めた声で彼の名前を呼んだ。


「セドルさん!」


 彼が他の団員を連れて戻ってきたのだ。ここに残った団員よりも数は多い。だが、それでも足りない。


 セドルはメルマキナに攻撃しながら、シモンの近くにきた。


「遅くなったな」いつもより大きな声。銃声の中でもはっきりと彼の声は聞こえた。


「無事だったんですね」


「危ないところだったが“彼”に助けられた」


「彼?」


 その人物が誰かを訊ねようとした直後、視界の端で蒼白い光を捉えた。その方向はメルマキナの大群がいたはずだ――そう思って見ると、あの大群の数が見てわかるほど減っていた。


 シモンといた団員たちはなにが起きたのかわからず声が出せないでいた。


 セドルと来た団員たちは歓声を上げた。


 そしてまた黒い影を塗り潰すように、蒼白い光が天から降り落ちる。まるで太陽の光を圧縮したかのような神々しさがあった。


「これって」


「久しぶりだね、シモン」


 蒼白い閃光と同じように空から降りてきたアミクスが、そう言って笑顔を見せた。彼がセドルの言っていた彼なのは間違いない。彼ならばセルウィによる窮地など、簡単に覆すことができる。


「ど……、どうしてここに? なんでセドルさんと?」


「友達との約束を守りに来たんだ。その途中でセドルたちに会った」アミクスはそう言うと、安堵した顔を見せた。「よかった、間に合って」


「危ない!」


 吹き飛ばされたセルウィが背後からアミクスに飛び掛かってきていた。彼は最小の動きでそれを避け、その首を掴んで地面に叩きつけた。そして握り締め、頭と胴体を完全に切り離した。


 人間にはとてもできない芸当だ。


 しかしだからこそ頼りになる。


「ここは僕が死守するから大丈夫」

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