第11話 招かれる天敵
シモンたちが空の下に出たとき、天候は酷く荒れていた。強い風が吹き、舞い上がった砂埃で前が見えないほどだった。しかしゴーグルは必要ない。エクスピアの力によって、シモンたちの周囲だけ別の風が吹いていたからだ。風がどういう動きをしているのか触れて確かめようとしたが、彼にそれを止められた。下手に触れると、指どころか腕までなくなるとのことだった。
風の防壁で守られながら、『危険領域』を歩いていく。数メートルごとにメルマキナが飛びかかってきたが、防壁に触れた瞬間粉々に切り刻まれた。
「こういうのって、なにか条件があるの?」防壁について訊いた。こんなに便利なのだから最初から使っていればいいと思ったし、使わなかったのだからなにか理由があるのだろうと思ってのことだった。
「維持するのが難しい」エクスピアは答えた。「たとえば、メルマキナを破壊するために風を作ったとする。その風はただ一直線に向かっていけばいいだけだ。目標を破壊するだけが目的だからな。作ったら作りっぱなしだし、途中で消えたならそれでいい。けれどこの風は、ただ周囲を渦巻いているだけじゃない。俺たちの移動に合わせて動いているし、あんたに必要な空気を取り入れて、砂埃やらを弾いている。そういった、いくつもの風で成り立っているんだ」
「きちんと計算をしているのね」
「当たり前だ」
「この砂嵐をこの間の竜巻で吹き飛ばすこともできるの?」
「できない」
「できないの? 少し意外ね」
「あんたが無防備になるからな」
「ああ、そういうこと。ありがとう」
「なんに感謝しているんだ」
「あなたに決まっているじゃない。あなたがいてくれたおかげで、主動力炉は見つかったのよ? 感謝してもしきれないくらいだわ」
「あんたが希望を失っていなかったからだ。感謝するのなら、自分にしろ」
「素直に受け取ってくれないのね」シモンはくすりと笑った。
「『核』について考えはあるのか?」
「少しだけ」と言おうとしたが、「まだない」と答えた。
彼が立ち止まったので、シモンも合わせた。もし彼を見て話していなかったら、防壁にぶつかっていた。
エクスピアは明後日の方向を向いている。
「どうしたの?」
彼は答えない。動きもしない。ただ茫然とその場に立ち尽くしているだけだ。
防壁によって砂埃が弾かれる音がする。ピシ、ピシ、と細かい音もあれば、ザッ、と掻き切るような音もあった。そしてたった今、それとは異なる音がした。聞き逃していないのなら、初めて聞く音だ。なんと表現すればいいのかわからない。近いのはなにかを焼き切る音だろうか。
「ねえ、エクスピア?」
「……どうした」彼はまだ別のどこかを見ている。
「なにかあったの?」
「……いや、なにもない」ようやくシモンを見た。
「ならいいんだけど……。どこかの建物に入って休憩する?」
「どうして」
「負荷がかかっているんじゃないかと思って。この風を維持するの大変なんでしょう?」
「大丈夫だ。進むぞ」
多少の不安はあったが、彼が言うのだから信じるしかなかった。
『危険領域』との境界まで辿り着いたが、砂嵐の勢いは衰えていない。建物がなくなった分、酷くなったと言える。どうするかを相談する間もなく、エクスピアは進んだ。どうやらエリアRまで送り届けてくれるようだ。
「こっちへ来るのは初めてじゃない?」
「そうだな」
そうは言っているが、エクスピアは躊躇いのない歩みを続ける。シモンでも基地までの道のりがわからないほどなのに、初めてだと言った彼が進んでいくのは奇妙な感覚がした。本当に初めてなのか疑いたくなる。
しばらくして基地の入口に到着した。入口といってもただのエレベーターの乗車口でしかない。一辺が三メートルもない正方形の箱に、屋根と風避けの壁が少し伸びたフォルムをしている。それが砂漠にぽつりと点在していた。今日のような砂嵐が酷い日だと、半分くらい砂に埋まることもあった。
シモンはゴーグルを取り出して、着用した。
「風はもういいわ。ありがとう」
防壁が消滅したのを確認してから、扉の横にあるパネルを操作する。パスワードを入力すると、扉が開いた。
「行きましょう」シモンは建物内に入った。
「なにを言っているんだ?」
「えっ?」振り返って、エクスピアを見る。「ここまで来たんだし、寄っていくでしょう?」
「あんた、俺が何者か忘れているのか?」
「メルマキナね」
「そうだ、だから人間の居住区に入るのは危険だ」
「あなたはなにもしない」
「そういう問題じゃない」
「大丈夫、あなたの正体は話さない」
「そういう問題でもない」
「いいから」シモンはエクスピアの手を引いた。
「あんた、やっぱり変だ」
扉を閉め、エレベーターに乗り起動させる。このエレベーターは自警団員が監視しているゲートまでしか下りない。そこからは歩いて、また別のエレベーターに乗らなければならない。確実に誰かに見つかるだろう。それはわかっていることだ。
「とりあえず私に合わせて」
「そうするしかないようだ」
階下に着いたのと同時に、目の前の扉が開いた。この先どうなってしまうのかを実は楽しんでいるシモンだった。
「おかえりなさい、シモンさん」いつものようにホルクが出迎えた。「あれ? 後ろにいるのは誰ですか?」
「入口のところに倒れていたのよ」シモンは言った。
「ああ、なんだか、あまり気分が良さそうじゃないですね」というホルクの言葉に、シモンは思わず笑ってしまいそうになった。
「……ええ。歩けるようだから、少し休めば大丈夫だと思うの」
「彼のことをどれくらい調べましたか?」ホルクは変わらぬ調子で訊いてきた。彼は頭の回転が早い。
「名前はエクスピア。危険物は所持していないわ」
所持はしていないが存在そのものが危険物だ、とシモンは思った。たぶんエクスピアも同じことを思っているだろう。どちらかといえば、この思考パターンは彼に近い。シモンが影響を受けていると考えられた。
「そうですか、わかりました」
「じゃあ、行ってもいい?」
「いいですよ、と言いたいところですけど、一応仕事なので僕も調べさせてもらいます。シモンさんが言うんだから間違いない、なんて上司には報告できませんから」
「いい?」シモンはエクスピアを見た。
彼は黙って頷き、両手を挙げた。無抵抗を示している。メルマキナをそんな姿にしたのはホルクが初めてだろう。偉人書として載せてもいいくらいだ。過去の人間たちがこの様子を見ていたら、さぞ驚いたはずだ。
シモンは笑うのを堪えながら、その様子を見ていた。おかしいのではなく、楽しいのだ。楽しくて仕方がない。ホルクだけではなく、ここの住人全員に会わせたいくらいだった。
「だいたい、わかりました」やがてホルクは言った。「身体の中にとんでもない力がないとしたら、安全ですね」そして微笑んだ。
彼なりの冗談だったのかもしれないが、シモンは少し驚いてしまい、あやうく顔に出てしまいそうになった。鋭すぎる指摘の前に、彼女の平常心が揺さぶられたのだ。
やはりホルクは只者ではない。もし偉人伝を書く機会ができたのなら、彼をいの一番に紹介しようと思った。
少し廊下を歩き、またエレベーターに乗り込んだ。自室のある階に止まるように設定し、発進させた。
「警備が緩いな」
「私だったからよ。他の人だったらもっと厳しかったはずだわ。これも研究者特権ね」
「研究者は関係ないだろ」
「この基地にいる研究者、技術者は私だけなの。だから少し特別」
「ああ、だから『危険領域』に一人でのこのこと来られるのか」
「棘がある言い方ね」
「間違ってないと思うぞ」
「……ええ、間違ってないわね。だから棘があるのよ」
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