第8話 施設の深部へ

 地下二階へと進もうとしたとき、エクスピアはシモンを引き寄せた。


 彼の腕の中で見たのは、斜めに伸びた光の柱だった。シモンの寄りかかっていた壁を貫き、そのまま天井部分も通過した。明らかに階下から放たれたものである。光線が通過した跡は赤く焼け爛れ、異臭を漂わせた。


「敵……? でもこの感じ……」


「あいつじゃない」


「でも」


「もしあいつの光だったとしたら、俺たちは一瞬で消えていた。俺に反応できたってことは、俺と同格か格下だ」


「アミクスってそんなに強いの?」


 メルマキナはどれも同じ強さだと思っていたが、それは人間から見たときの感想であり、彼らからすれば、明確な力の差があるのだろう。人間にとってそれは遠く及ばない領域であるため、一緒くたにしてしまうが。


「本気であいつが俺たちを消そうとしているのなら、言ったとおり一瞬で消されていたし、今みたいに回避できた場合、すでに二射目が放たれている」


「ということはセルウィ?」


「そうだ。どうする、この穴を通って見に行くか? それとも無視して階段を下るか?」


「調査中に邪魔が入るのは嫌だわ」


「了解した」


 エクスピアに抱え上げられ、シモンは彼の肩に腕を回した。もうそうされることが何度目なのかもわからない。


 壁の爛れていた部分は鮮やかな赤から黒が入り混じった色に変わっていた。まだ相当な熱を持っているはずだ。しかしエクスピアはそこを掴み、階下を眺めた。一気に行くつもりなのだろう。


 階下に辿り着くまでは、あっという間だった。エクスピアが壁から手を離すと、斜面を滑っていくように移動した。これも彼の「風」が成せる技なのだろう。着地時の衝撃も皆無だった。着地音がなければ気付かなかったかもしれないと思えるほどだ。


 地下二階も緑色の照明が、ひっそりと室内を照らしていた。光の大小でだいたいの広さを把握できた。そしてこの部屋になにもないことに落胆した。


 シモンが下ろしてくれるように頼もうとしたとき、彼は右腕を突き出した。


「目を閉じていろ」


「えっ?」


 次の瞬間、白い光が部屋を照らした。あまりの眩しさにシモンは反射的に目を閉じていた。


 それから衝撃と電気が弾けるような音。防寒布や髪が部屋の奥へと引っ張られる感覚。彼にしがみついていなければ、身体ごと吹き飛ばされていただろう。


 バチバチとなる音はすぐ近く。


 遠くの方からはピシュッと聞き慣れない音が微かにしていた。


 聞き慣れていないが、それをシモンは知っている。


 ついさっき聞いたばかりだ。


(強い光に、壁を溶かす熱)


 それはシモンを狙い撃とうとした攻撃だ。それを彼が今防いでいる。


 やがて弾ける音はなくなり、今度は蒸気が発せられるような音が辺りからした。


「もう、いいの?」シモンは目を閉じたままだ。


「ああ、問題ない」


 シモンがそっと目を開けると、そこにはほんの数十秒前とは違う室内の光景があった。いくつかの照明はなくなり、代わりに赤い光を放つものがある。赤色と思えるそれは橙色のようにも見えた。その光は円を描いていたり、細長い楕円だったりしている。


 なにもなくてよかった、とシモンは思った。もし物資が保管されていたのなら、それは無残に焼かれていたことだろう。


「やけに静かね」シモンは対面を見て言った。メルマキナがいるのなら襲いかかってきそうなものだ。ただ姿は煙幕でよく見えなかった。


「破壊したからな」


「そうなの。だったら下ろしてもらえる?」


「それはできない」


「どうして」


「まだいるからだ」


 煙幕が不自然に晴れていった。エクスピアの風によるものだろう。


 そこにはたしかにメルマキナだったと思われる残骸が散らばっていた。断面からは何本ものコードが見え、先ほどまで動いていたことを示すように火花を上げている。


 そしてその奥。犬型のメルマキナよりも少し大きな体躯をした、四足歩行のメルマキナがこちらを見据えていた。歪曲した太い角が頭部にあり、そこが青白く輝いている。白いボディがカンバスのように、青や赤、緑に彩られていた。


「山羊かしら……」記憶にある情報から検索した。


「そうだな、あれは山羊だ」


「どうして動かないの?」


「それはな――」エクスピアは飛び上がった。同時にメルマキナの青白い光が強くなる。「動く必要がないからだ」


 室内に二本の光が書き記された。その光はまず地面に目掛けて放たれ、徐々に方向を変えていく。メルマキナの首が動けば、それに合わせて光線も向きを変えるのだ。


 シモンの周辺に風が漂い、甲高い音が一瞬すると、メルマキナの頭部が胴体から離れた。


 しかしそれでは終わらない。


 エクスピアは着地をすると、またすぐに右方に移動した。


 その左側を光線が貫く。ほんのコンマ数秒遅れていたのなら、やられていた。


 シモンは光線の元を辿った。もう一体のメルマキナ。同じ山羊型。


 ただそのメルマキナは光線を放ったまま、首を動かさない。短い光線を放ち、すぐにこちらに向き直し、照準を定めている。また、角が青白く光る。


 エクスピアはそれを避ける。


 だが、次は右方からの攻撃だった。シモンはそれに気付くのに遅れた。気付いたときには光は屈折するように天井へと向きを変えていた。また山羊型だった。ただ頭部はすでに床に転がっている。


 シモンの認識を超えて、攻防が行われるようになった。いくら光線を避けて相手を倒しても、次々に敵は現れた。それも感覚としては、次第に早くなっている。


 エクスピアが飛び上がって回避するのは、光線の行く先を地上へと向けているからだ。調査が終わっていない地下二階を傷つけるわけにはいかない。そういう判断がなされたのだろう。最初の邂逅で、辺りに光線が飛び散ってしまったことから、そこに行き着いたに違いない。


 気付けば地下二階のその部屋は、二倍以上の広さになっていた。壁が溶け崩れ、床には天井から崩れ落ちた瓦礫が散乱している。


 山羊型のメルマキナの数は、およそ二十。これまで破壊したのは三十くらいだ。合計して五十体がこのフロアにいたことになる。


「なんなの、ここ」シモンは布で口や鼻を隠した。異臭が酷い。


「余程見つかりたくないものがあるらしい」また一体、破壊した。


「大丈夫? 疲れてない?」


「……俺たちにそんな言葉をかけたのは、あんたがきっと初めてだ」


 山羊型のメルマキナは定位置を決めると、そこから動かない。動かないが、その反対に光線は動く。一直線の光線を放ち、首を動かして相手を追い詰めていくタイプ。短い光線を放ち、瞬時に照準を定め直していく小出しタイプ。初めの十体くらいはその二つのタイプだったが、そのあとからは光線自体が曲がるタイプが現れた。


 この施設に近づいてから、新しいメルマキナばかりが発見される。それまで人間が戦っていた人型のそれもただの動く人形でしかないタイプとはまったく違う。


 もしこれらのメルマキナが人間の前に現れたのなら、太刀打ちの術がないまま、虐殺のかぎりを尽くされるだろう。


 エネルギー問題も解決しなければいけないが、もしかしたらまずは、メルマキナの生産を止めなければいけないのかもしれない。これは由々しき問題だ。近隣のコロニーだけじゃない。世界中の人間の命が失われる可能性があるのだ。


 シモンの頭に浮かぶ二つの可能性。


 ここはなんのための施設なのか。


 純粋に培養器が並んでいたことから考えて、メルマキナを生産している施設なのか。


 それとも抱える問題を解決できる根本を担う施設なのか。


「大丈夫だ」エクスピアが言った。「あんたの抱える問題はどうにかする」


「どうにかするって……」


「なんでもまとめて抱え込む必要なんてない。一つずつやってきけばいいんだ」


 光線を上手く誘導し、別の個体にぶつけて破壊した。


 エクスピアは全体を把握するために視覚を使わない。それは目の動きでわかる。視線でわかる。相手から反応があった場合、最初に視線を向けるのはシモンだった。そこで彼がなにを考えているのかはわからない。


 三方向からの攻撃を空中で避け、着地。


 一気に間合いを詰め、周囲にいた数体を破壊した。


 その破片すら、シモンには当たらない。


「今まで一人で解決しすぎたんだろうな。なんでも自分でできると思っている――いや、自分がやらなければいけないと言い聞かせているんじゃないか?」


「でも、あそこには、私以外に誰も……、いないの」


 シモンの同レベルの技術者はエリアRにはいない。


 だから――。


「今、あんたがいるのはどこだ」


「えっ」


「ここがどこかって訊いてるんだ」


「『危険領域』……」


「そうだ。ここでは一人じゃないだろ。一人では抱えていないだろ。そう言ったのは誰だ」


 ふっとなにかがなくなり、気が楽になった。強張っていた身体から力が抜けていく感覚と同時だった。


(私は一人じゃない)


 彼の言うとおりだ。


 ここでは、いつも近くに彼がいた。


 どんなときも守ってくれた。


 一人で抱え込んだ問題を初めて打ち明けた相手。


 いつの間にか、頼ってばかりになっていたけれど。


「……あなた、本当にメルマキナなの?」シモンは冗談を言ってみせた。


「ああ、残念ながらな」


 エクスピアは頼りになる。しかしそれに縋ってはいけない。エネルギー問題も、メルマキナの問題も、シモンには彼の力添えがあるからいいが、他の場所ではこうはいかない。人間が自分たちの力で乗り越えるべきなのだ。


 周囲の壁が赤く、そして橙色に染まっていく。


「どれだけ作ってやがる」


 さすがの彼も、嫌気が差してきているようだ。風を使い、宙を泳ぐように移動するとしても、これだけの物量を、シモンを抱えたままでは完全に捌くことは難しいと思われた。


 一か八か、とシモンはポーチからあるものを取り出す。


「なんだそれは」


「私がメルマキナ対策に開発した誘導爆弾」


「誘導ってことは、破壊できるほどじゃないんだな」


 人型ではないメルマキナは、おそらく人間の熱を感知している。人間の体温の振り幅をプログラムに組み込み、感知した熱がその振り幅内であれば、攻撃をしたり、近づいたりするのだろうと推測していた。


 この爆弾は人間の体温程度の熱を発するだけのものだ。シモンの推測が正しければ、この爆弾を使うことで、メルマキナの牙から逃れる可能性がぐんと上がるはずである。


 今の状況ならば、山羊型が放つ光線の半分程度はこの爆弾に向けられる。そうなればエクスピアの回避と攻撃が楽になる。


「全部でいくつある?」


「二つ。効果時間は一分もないわ。それに、まだちゃんと試したことないから、構想どおりにいかないかもしれない」


「充分だ、問題ない」


 二十は床に、周囲の壁の向こう側にはそれぞれの階層にいるのも含めて百を超えているだろう。多くの眼が、こっちを向いている。一人だったなら数える余裕もないまま、ただ絶望していた。


「お前が頃合いだと思ったら使ってくれ」


「わかった」




 彼は立ち止まって、シモンを下ろした。戦闘は完全に終わったのだろう。付近にいたメルマキナは火花を上げているか、微かに角を青白く光らせるだけとなった。


 誘導爆弾は上手く機能し、攻撃を向かわせるだけでなく、同志討ちを引き起こすこともあり、思った以上の効果を発揮してくれた。充分に実用性があることがわかり、シモンは嬉しく思っていた。


「もう、その口当てはいらないぞ。空気の循環はしておいた」


 言われて、そっと外した。たしかに異臭はなくなっている。


 それもそのはずだ。天井には地上に繋がるほどの穴が空けられている。それも一つだけじゃない。緑色の照明も必要ない程度には、明るくなっていた。もう地下二階とは思えない場所となっている。


 シモンは記憶していた地図と、このフロアを照らし合わせた。今の状態で、ちょうど重なる広さだ。つまり壁で部屋を分割されていたのはおかしい。地図情報が間違っているのか、それとも地図情報を更新せずに区切られた。誰かの手が加わっている可能性がある。それにまだ地下にもフロアが存在するかもしれない。


「これは、意外と骨が折れそうね」


「そういうことを最初からやっている」


「まあ、そうなんだけど」


「まずは階段か? 床をぶち抜いてもいいけど」


「階段ね」即答した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る