第7話 人ならざる敵

 地下へと続く階段は崩れていなかった。


 エクスピアが場所を変えてメルマキナを討伐してくれたおかげだろう。被害は最小限で、せいぜい小さな瓦礫が転がっているだけだった。


 あの日から五日ほど経っている。彼にはエリアRでやるべきことがあると言い残していたが、それはシモンの嘘だった。本当は逃げたのだ。エクスピアが人類の脅威であることを痛感し、気持ちが揺らいでしまった。


『危険領域』を調査できるのも彼の護衛のおかげだというのに、何度も助けられたのに、いざ気付かされると恐怖が一気に立ち上ってきてしまう。それまで近くにいても平気だったのに、自然と距離をとってしまっていた。


 このままではいけない、と気持ちを落ち着かせるために、あるいは整理をつけるために、時間を置いた。ジルから話を訊いたのも、それが理由だった。無知のままではいけないと悟ったからだ。


 再会したとき、落ち着いている自分がいて、シモンは安堵した。


 肩を並べて歩けることを喜んだ。


「なにか嬉しそうだな」階段を隠していた瓦礫を退かしながら、エクスピアが言った。


「そうかしら」


「なんというか、この間とは違う。荷が下りたような顔をしている」


「そんなことないけれど……」


 彼の察しの良さに驚きつつも、動揺と一緒に隠した。見抜かれたことが恥ずかしかったのだ。そんなに顔に出ていただろうか、と手で確かめてみる。わかるわけがなかった。


 階段を下る前のやり取りを思い出しながら、シモンは彼とともに地下へとやってきた。天井の照明は灯っていなかったが、床の破線と壁の低いところに照明が緑色の光を淡く放っていた。電気系統は生きているようだ。


 地下一階の部屋を順繰り回っていく。地上階と同じような部屋がいくつもあり、これといってめぼしいものは発見できなかった。ただ培養器の数は、圧倒的に地下の方が多い。一部屋に五、六機はあった。どれも同じ割れ方をして、同じ長さのコードが垂れ下がっていた。


 見たものを整理するために、休憩をとることにした。


「あなたっていつもはなにをしているの?」


「いつも?」


「普段よ。私の護衛をしていないときや、そうね……、アミクスといたときとか」


「あいつといたときは探しものをしていた。今は特になにをしているわけじゃない。ときどき視界に入ってきたメルマキナを破壊するくらいだ」


「その強さが人間にもあったらいいんだけど」


「人間にないからいいんだ」


「どういうこと?」


「力があれば争いが生まれる」


「でも、私たちとあなたたちは戦争をしたわ。こう言ってしまうのもあれだけど、人間は一方的に殺された。それでも人間になくていいと思うの? 人間にその力があったら、多くの人が救えたと思うんだけど」


 シモンの脳裏には、ジルから聞いた話が思い浮かんでいた。


 抵抗するための力がないために逃走の日々を続け、大切なものを守るために死んでいった仲間たち。彼らには勇気があった。勇気だけが彼らの武器だった。かたちのない武器は脆く、砕け散るだけ。


 もしも彼らにエクスピアたちのような力があったのなら、ジルのように生き伸びることができたかもしれない。大切な人と過ごせた時間があったかもしれない。


 そう考えると、力がなくていいとは思えなかった。


「それで、力を持った人間はどうなる」


「えっ?」


「力を持った人間が崇拝される将来が見えるだろう。王と呼ばれるかもしれない。はたまた神とまで呼ばれるかもしれない。その神が、今度はお前たちの敵にならないか? その神は、俺たちと同じじゃないか? そうなれば結局、戦争が起こる」


 エクスピアの言葉に、シモンは押し黙ってしまった。彼の言う未来がありえない話ではないと気付いたからだ。大きな力を持った人間はたしかに別格視をされる。シモンだってそうだ。技術者であるから、エリアRの住人に頼りにされている。それは心地よいことだ。人によっては舞い上がってしまうかもしれない。それが崇拝の域に達したのなら、人間はどうなってしまうのか。


 誰もが同じ思考をしているわけではない。別の誰かがシモンの立場だったとしても、その力を誇示させて優遇された立場を得ようと、さらなる権力を得ようとすることができる。シモン自身はそうしていないだけで、やろうとすればできる位置にいるのだ。


 そうなったとき、他の住人はシモンをよく思わなくなるだろう。たとえ必要な存在だとしても、自分たちに火の粉が降りかかるのならば、容赦なく振り払うに違いない。


「人間どうしで争うことはないんだ」エクスピアは呟くように言った。「そのために俺は、人間の敵であり続ける」


「敵であり続けるって……、今、あなたはその人間の護衛をしているのよ?」


「なにも殺し合うのが敵とは限らないだろ。嫌悪の対象こそが敵だ。悪だ。違うか?」


「私の護衛を言って出たのも、『そこ』に起因しているの?」


 エクスピアは答えなかった。


 ほんの少し――ほんの少しだけれど、シモンは彼の心に触れたような気がした。冷たい表層の下には、たしかに温かなものがあった。


 彼は自分のことを多くは語らない。


 だが、語られなくても、伝わる。


 人間のために生きようとする彼の気持ちが――。

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