エピローグ「月明かり」

第68話「月の下で」

 月の照らす、ルリアル城中庭で――。

 怪我の癒えた刀兵衛は、今宵も素振りをしていた。


 あの戦いから二週間ほど経過したが、戦後処理は卓越した事務能力を持つリアリが仕切ってうまく運んでいた。


 長年の独裁体制と軍事優先主義によって疲弊していたガルグは、ルリアルへ多額の賠償金を渡して不戦協定を結んだ。


 ルリアルとしてはガルグに進駐して支配するというのは国力と人員の問題から現実的ではない。それに、バジムを始めとする西方の国々との緩衝地帯としてガルグがあったほうがよいという判断もあった。


 さいわい、ガルグの兵は無傷で済んだ者が多数いたので、それらはガルグ城を守るには十分な数だ。そのあたりは、兵書や史書を勉強していたリアリの意見を採り入れた。


(……とりあえず、しばらくは平和と存ずるが……)


 常に将兵に鍛え上げて、いざという時に備えるのが武人の務めである。

 刀兵衛は鈍(なま)ってしまった身体を鍛えなおすべく、素振りを続ける。 


 そして 夜も更けてきた頃――。


「刀兵衛さま」


 城からリリアが出てきて、刀兵衛へと歩み寄ってきた。


「……いかがなされましたか……」


 刀兵衛は素振りをやめて、リリアへ顔を向けた。


 月明かりに照らされたリリアの顔はとても美しく、御伽噺の乙姫やかぐや姫もかくやと思われるほどであった。


「あ、いえ……その、用事があったわけではないのですが……その、月が綺麗ですねっ!」


 なぜか顔を赤くして、不思議なことを言ってくる。

 言われて、刀兵衛は夜空を見上げた。


「……確かに、見事な月でござりまするな……」


 今宵は満月であった。


 こちらの世界へ来て色々と困難はあったが――今は、今宵の月のように満ち足りており、清々しい気持ちであった。


 しかし、月は移ろうもの。満ちた月は、いずれ欠けていく。

 日々、鍛錬に怠りがあってはならぬ、と。剣の道に生きる刀兵衛は、己を戒めた。


 と、そこへ――。


「刀兵衛ーーー! わらわと鍛錬するのじゃーーー!」


 夜でも元気いっぱいの園の声が響き渡り、槍を手に持ったお転婆な女武者がやってきた。リリアは少し残念そうな顔をしたが、それも一瞬のこと。すぐに表情を変えて、持っていた杖を構える。


「わたくしも、鍛錬いたしますっ!」

「……左様でござりまするか…………では」


 刀兵衛は刀を構える。

 園も槍を構え、リリアも杖を構える。


 そして、三人は月明かりの照らすルリアル城で鍛錬を開始した。

 日々たゆまぬ鍛錬を繰り返し、さらに三人は守るための強さを磨き上げていく。


 これからも、ルリアルには困難が待ち構えているかもしれない。


 だが、異世界からやってきた剣豪と姫たち、そしてルリアルの兵士と領民がいれば、決して負けることはないであろう。


 剣戟の音を響かせて、東の小国ルリアルの夜は更けていくのであった――。


(第一部)完


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流浪最強剣豪異世界無双記 秋月一歩@埼玉大好き埼玉県民作家 @natsukiakiha

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