第57話「対峙」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
戦とは勢いである、と――刀兵衛は改めて実感していた。
攻城軍の前線指揮官グルスを討ち取られた上に騎馬隊に急襲されたことで、敵軍は混乱の極致に達している。
もうこうなると、軍隊というより烏合の衆だった。
抜刀隊も、浮足立った敵を面白いように斬って、斬って、斬りまくっている。
敵軍はドゥダーグという独裁者による恐怖によってその強さを発揮していたようだが、今は白馬に乗った刀兵衛に恐怖し、騎馬隊に恐怖し、抜刀隊の剣技に恐怖している。こうなると兵数の差など、関係なかった。
敵軍は川を渡河して救援に来ようとする三千の兵と、逆に潰走して本陣に戻ろうとする敗残兵がぶつかりあい、さらに混乱の坩堝と化す。
数が多いということは、このような混乱状態に陥ったときに甚大な被害をもたらすのだ。少数なら冷静さを取り戻すのに短時間で済むが、これだけの大軍だとそうもいかない。
そこへ――。
「どけぇええええええええい!」
敵本陣から大音声が聞こえたかと思うと――。
――ズガアアアアアアアア!
ガルグ軍の背後から魔法攻城戦の時のような大規模な光の奔流が迸った。
そのあまりの熱量により、魔法の直撃を受けた兵士は蒸発し、かすったものは炭化し、離れたものも派手に空へと吹き飛ばされていった。
……魔法が収まったときは、そこには黒焦げた道ができていた。
その血の赤で縁取られた漆黒の道は――まさしく、外道、邪道、覇道。
混乱の渦中にあったガルグ軍の将兵は恐怖によって逆に落ち着きを取り戻し、道を開けるように左右に散っていく。
なお、魔法の着弾点である城壁は、あれだけ距離が離れていたにもかかわらず飴のように溶けてなくなり、その先の城下町の一部も綺麗に消え失せていた。
城そのものや園たちがいるところからは離れていたが、もし直撃していたらどうなっていたかわからない。
「…………」
刀兵衛は白馬から降りると、ドゥダーグに向けて静かに歩を進めていく。
攻めていたルリアル軍も、ガルグ軍の敗残兵も、刀兵衛の進む道を同じように開けていく。
敵味方あわせて数千もの兵が、ふたりから離れるように左右に散っていった。
その威圧感は並の武芸者を寄せつけない、ある種の聖域であった。
ドゥダーグは大剣を手に持ったまま、魔法によって部分的に蒸発し、盛り上がった土によって堰き止められた川を渡っていく。
対する刀兵衛も、憶することなく歩を進め続ける。
ただふたりが歩いているだけなのに、ますます両軍の兵士は遠ざかっていった。
戦場が、ふたりの圧倒的な闘気に支配されている。
片方は燃え盛る炎のように――。
もう片方は研ぎ澄まされた日本刀のように――。
中にはこの空気に耐えきれずに、逃げ出す者も出た。
どうにか戦場に留まっている将兵も、脂汗を流して立ち尽くすばかりだ。
そんな中、ついに刀兵衛とドゥダーグは――戦闘距離に入った。
だが、踏みこまない。
これから命をかけて闘う相手を、まずは観察する。
ドゥダーグは傲然と見下ろし、刀兵衛はかすかに視線を上げる。
そのまま両者の視線がぶつかりあい、見えない火花を散らした。
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