第53話「疾風(はやて)の如く」

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 


「今だ! 攻めろっ!」


 グルスはここで勝負を決すべく声を張り上げ、自ら騎馬隊の先頭に立って攻城軍を進撃させた。


 前哨戦で百人以上の兵が死傷したが、まだまだ数では圧倒している。

 しかも、魔法戦の間に休息をとることもできた。


 対する相手は――城門を中心として城壁が破壊されており、守備兵は鉢巻き女も含めて後方に吹っ飛んでいる。


(兵をそれなりに失ったが、ここで城を落とせば汚名返上、名誉挽回! わたしの首の皮は繋がる!)


 戦場にいながら、常にグルスの脳裏にはドゥダーグへの畏怖があった。

 その絶対的な恐怖心が、グルスたちガルグ軍の強さの源でもあったが……。


 しかし、グルスはここであまりにも前のめりになりすぎた。


 愛馬を駆って猛進するグルス。

 その、側面から――。


「ヒヒーーーン!」


 思いもがけぬ、馬の嘶きが聞こえた。

 続くのは――、


 ――ズドドドドドドド……!


 地を荒々しく蹴立てる、軍馬の駆ける音。


「…………」


 それは、白馬に乗った不気味な男が率いる騎馬隊だった。


「なぁあっ!?」


 伏兵をまったく警戒していなかったわけではない。軍馬が奪われた可能性も頭には入れていた。そのために、わざわざ槍衾(やりぶすま)を運用できる部隊を攻城軍の側面に配していたほどだ。


 しかし。

 早い、あまりにも早すぎる。


 白馬に乗った不気味な男だけが、異様な速さで突出してくる。


 確か、あの馬は言うことを聞かない暴れ馬としてガルグ軍の騎馬隊士から嫌われていた馬だ。

 だが、父母共に傑出した名馬という血統なので、とりあえず殺さずにおいて予備の軍馬として従軍させていたはずだ。


 それがどんな因果の巡りか、敵の不気味な男を乗せて真っ先にこちらに駆けてくる。


「くうぅ!」


 グルスは、あまりにも前に出すぎた。

 これでは、馬首を巡らせて逃げることもできない。


 グルスの後ろからは、城を攻めよというグルスの命令に従った三千以上の兵士たちが進撃してきている。


 いつもなら頼もしい多数の兵士が、今は邪魔でしかなかった。

 こうなっては、あの白馬に乗った不気味な男と闘うしかない。


「わたしも、ガルグ軍にその人ありと呼ばれた男だ! じゃじゃ馬に乗ってわたしと勝てると思うなぁ!」


 グルスは覚悟を決めて、愛馬を走らせる。

 この馬の血統だって、負けていない。


 それに、自分だって一角の武芸者だ。若い頃から騎馬を駆って、敵を何百人と屠ってきたのだ。


 対する相手は、かなりの距離を走ってきた馬。きっと疲れているはずだ。

 なら、長期戦に持ち込めば、必ず馬の脚は止まるはず――。


「…………」


 それは一陣の風だった。


 止まらない。

 止まるどころか、加速する――。


(ばかなっ……)


 そして、止まったのは、こちらの馬だ。


 馬には、わかるのだ。

 どちらの馬が、そして、どちらの将が強いのかが。


 ――ズドドドドドドドドドド!


「うおあああああああああああ!」


 それでもグルスは勇気を振り絞って剣を振るう。


「…………」


 対する不気味な男は。


 あくまでも、静かに――。

 そして、冷たく――。


 研ぎ澄まされた斬撃を無言で繰り出すのみであった。

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