第44話「戦端」

◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 翌朝――。

 ガルグ軍はグルス率いる四千の兵による渡河を開始した。


 水位は腰の下あたりだが、流れが緩やかなので、それなりに時間をかければ安全に渡ることはできる。


 兵力が拮抗している場合、敵側は対岸で待ち伏せて弓矢をもって渡河を妨害してくることが多いが、これだけの兵力差ではただ城に籠るだけのようだった。


 なお、本陣には近衛兵を含む千の兵がドゥダーグを守り、残りの三千は状況に応じて動くために本陣前で待機することになっている。


 夜襲のみならず朝駆けも警戒していたことで、見回りをしていた兵士たちの中には睡眠が不足している者もいた。そういう意味で、刀兵衛たったひとりの脅威が、多くの兵士の安眠を妨害したことになる。


 四千の兵の渡河は無事完了。なお、攻撃に特化した魔法士が十人ほど付属している。あとは、城壁までは農地と街道が続き、城壁の周りには空堀がある。


 もちろん、城門はすでに堅く閉じられて完全防備態勢に入っていた。城壁の上には、弓矢を持った兵士がいて、後ろには槍を持った兵が備えていることがわかる。


(む……?)


 やがて、グルスは、城門上部中央に槍を持って仁王立ちしている人物を捉えた。


(……女?)


 それは動きやすさ重視の軽装備をし、頭に白い鉢巻きをした黒髪の若い女だった。


 絶世の美女である。それでいて、凛とした強さを感じさせる。


 グルスも一角(ひとかど)の武芸者であるが、その鉢巻き女が只者(ただもの)ではないことが一瞬でわかった。


 これだけの軍勢で押し寄せてきているというのに、まったく動じた素振りがない。

 それどころか、逆にすさまじい闘気が伝わってくる。


 それでもガルグ軍は前進し、いよいよ長距離戦闘域に入った。


「……盾を構えて、弓矢に備えろ! 後続の部隊は梯子をかけて城壁によじ登れ!」


 グルスが指示を飛ばしたのと同じタイミングで――、


「放てぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 鉢巻き女が、顔に似合わぬ大音声を上げた。


 続いて、城壁の上で構えていた兵士たちが番(つが)えていた矢を一斉に射ってくる。練度はそれほどではないのか、あらぬ方向に飛んでいく矢も多かったが――。


「ふっ」


 思ったよりも遥かに飛距離が伸びてきた。

 攻城軍の中央で騎乗して指揮をとっているグルスにまで矢が届くほどだ。


 それでも馬上のグルスは持っていた剣で顔面に向かって伸びてきた矢を危なげなく弾き落としたのだが……。


(……これは、ミスリルの矢か?)


 消耗品である矢じりに希少金属であるミスリルを使えるのはガルグのような裕福な国に限られる。そのガルグだって、ミスリルの剣は標準装備していても矢じりに使っている部隊は限られる。


 ルリアルは田舎の小国にすぎず、一級品の武具を兵たちに行き渡らせることなど決してできないはずなのだが――。


「ぎゃあああ!?」

「なにっ!? 盾を貫通してくるだと!?」

「なっ、なんで! ルリアルなんかがミスリルの弓矢を持っているっ!? ぐあぁ!?」


 相手側の兵士の弓矢の腕はっきり言って滅茶苦茶だが(一部、妙に正確なものもあったが)、これだけの数で攻め寄せれていればどこかに当たる。


 対するこちらは攻城戦装備主体なので、弓矢部隊は最低限しかいない。盾も、まさかミスリルの矢が飛んでくるとは思っていなかったので、防ぐことができない。


(……くっ……少し、攻め急ぎすぎたか……)


 だが、今ここにはガルグの誇る優秀な魔法士が十名もいる。

 できれば魔法士たちに借りを作ることなく自分たちの力で城を落としたいところだったが、そうも言ってられない。


「魔法士の皆さま、バリアをお願いいたします!」


 グルスは振り返って、黒いドレスを纏った集団に呼びかけた。


「ふんっ、グルスも甘いねえ! こちらも弓矢部隊を十分に用意して矢をしっかりと射かけてから攻め寄せればいいものを! ほら、おまえたち、バリア張るよ!」


 魔法士の部隊長であり、ドゥダーグの片腕であり、愛妾でもあるレグナがグルスの指揮のまずさを嘲笑いながらも、部下たちに指示を飛ばした。

 性格の悪さが滲み出たような醜い女だが、統率力は抜群だ。


 ――ヴィイイイイン!


 魔法士たちが一斉に空へ向かって杖を翳(かざ)すとともに光が拡がってゆき、最前線にいる兵たちを矢の襲来から守り始める。


 兵士に向かって飛来してきた矢はバリアに接するとともに激しく弾かれ、勢いを失って地に落ちていった。


(よし、これで矢の心配はなくなった)


 いちいち腹立たしい女ではあるが、確かに自分にも落ち度はあった。


 異様な強さの異世界人が現れたということでそちらに気をとられていたが、どうやらルリアルの軍事力は全体的に底上げされているようだ。


 ただ、城壁にいる兵の練度はあまりにもおかしい気はする。


(……普通に鍛錬を受けた兵なら、これだけ滅茶苦茶な弓矢の放ち方はしないものだが……もしかすると、正規兵ではないのか?)


 体勢を立て直したことで、グルスにも落ち着いて相手の軍勢を観察する余裕が出てきた。


 指揮をしている鉢巻き女だけは別格だが、兵士たちの動きは洗練されていない。

 気迫だけは伝わってくるが、技術があまりにも低い。

 なので、カマをかけてみることにした。


「敵はどうやら正規兵ではないようだぞっ! みな、かかれぇっ! 常勝ガルグ軍の力を見せつけろっ! 奴らは農民や職人を寄せ集めた烏合の衆だ!」


 百パーセント確信したわけではなかったが、試しにグルスは大音声を上げた。

 指揮官にとっては、大きな声を上げられるというのも特技のうちのひとつだ。


 その瞬間、城壁の上の兵の動きが、おかしくなった。どうやら、図星のようだ。

 自分たちが戦闘集団でないことを思い出したのか、浮足立っている。


 だが、すぐに間髪入れずに城門から声が返ってくる。


「そんなもの関係ないのじゃっ! 城壁があるこちらが圧倒的に有利なのじゃから、勝つのはこちらじゃあぁーーーー!」


 負けじと鉢巻き女も大音声を返し、味方を鼓舞する。


 それからはお互いに兵士を鼓舞し、時には相手方に罵声を浴びせ――いよいよ本格的な城門攻防戦が始まった。


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