第41話「遠見(とおみ)」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…………」
刀兵衛は、ルリアル城からもガルグ軍からも離れた山中にいた。
いや、正確に言うならば――山頂の最も高い木のてっぺんに登りそこからガルグの軍勢が陣地を構築するさまとルリアル城兵の動きをつぶさに観察していた。
いち早く城を出て高所を抑えることで、こうして敵と味方の動きを俯瞰的に見ることができるのだ。
なお、木の下には五十の騎馬隊が待機している。そのさらに下の山の中腹には四百五十の抜刀隊が待機している。
作戦内容は大まかに言うと、敵の軍勢が城壁に押し寄せて守備軍と戦っているうちに山を駆け降り、その横っ腹を突くというものだ。
もし敵の軍勢が少なく味方の守備兵がもっと多ければ、敵の攻城軍よりも総大将がいる本陣を一気に突いて総大将を討つべきであったが、刀兵衛の武士としての直感がガルグの総大将は一筋縄でいく武将ではないと告げていた。
(……奇襲であっさり倒せる、とは思えぬ……)
軍勢の中でひときわ目立つ金と緋の華美な鎧兜を来た巨漢は、刀兵衛の鳥類じみた視覚がしっかりと捉えていた。
並々ならぬ闘気と殺気が、これほど離れていても伝わってくる。
戦場ではわざと目立つ鎧を着させた影武者を用意することもあるが、そうではないことは漲る闘気と殺気でわかった。
周りの将兵も、先日ズフォルクが率いていた者たちと格段の差がある。
いずれも無駄な動きなくキビキビと働いており、最前線で指揮をとっている将もなかなかの器だと思えた。
そして、刀兵衛が気になっているのは、魔法士だ。
やや遅れて戦場に到着した黒の軍装――というよりも、リリアの着ている『どれす』と同じようなものを着ている――は、総勢三十。
頭には同じく黒の帽子、手には木製の杖を持っていて、いずれも十代から二十代の女のようだ。
これだけの数の軍勢と魔法士相手に園とリリアたちが持ちこたえられるか定かではないが、いざとなったら単騎で戻ってでも守るしかない。
(……この白馬を得られたことは、本当に僥倖でござった……)
ズフォルク軍を夜襲したときにたまたま手に入れた白馬であったが、脚力が素晴らしく知能も高い。そして、よほどガルグ軍に酷い扱いを受けてきたのか、ガルグ軍への闘志をその瞳に漲らせている。
抜刀隊は徒士で剣技を振るうことで力を発揮する鍛錬を積んでいたが、移動に軍馬があるとないとでは疲労度が違う。もっとも、馬に乗る鍛錬を積む時間はなかったので、かつて騎馬隊であった五十人分しか運用できなかいが。
それでも、ガルグ産の体格のよい軍馬があるおかげで、突撃の効果は見込める。
なお、刀兵衛は元いた世界で馬術もある程度の境地にまで達している。
(……戦場の近くまでは馬で移動し、いざ戦いのときは徒士となり、そして、引き上げるときに馬を使う……これだけでも、違ってくるもの……)
刀兵衛はガルグ軍の陣地構築と将兵の動きを見つめながら、これからの戦略をさらに練っていく。
(やはり、拙者が先頭になって斬りこむのが一番でござろう)
敵を倒すことも大事だが、鍛え上げた将兵をここで減らすことも惜しい。
なら、最も強き者が最前線に立つのが道理である。
元いた世界の刀兵衛は、敵も味方も関係なく、ただひたすら自分の剣のことばかり考えていた。
だが、今は違う。
元いた世界で守れなかった園だけでなく、リリアも、リアリも、そして、鍛え上げた将兵たちも絶対に死なすわけにはいかないと思っていた。
(……拙者も、変わったものでござるな……)
思えば、これだけ長期間、一国に滞在したのは幼少の頃を除き、初めてだった。
武者修行中はひたすら戦場を求めて渡り歩くのみだった。
園の城に逗留したときだって、たまたまこの地が不穏になってきたから――戦争の気配が漂ってきたから、向かったに過ぎなかった。
(……ただ、強くなるだけの時期は終わったということでござるな……)
これまでひたすらに剣の道を極めようとしてきたが――そろそろ誰かを守るために、生かすために剣を振るうべき時が訪れたのかもしれない。
本当は、あのとき園を守りきらねばならなかった。
もう次の戦場に向かうことなく、あの城を安住の地とすべく尽力すべきだったのだ。あるいは、園だけでも守り通して逃げるべきだったか。
(……今さら、詮なきこと……)
刀兵衛は雑念を振り払い、もう一度、敵陣に目を凝らす。
敵の総大将ドゥダーグの姿を、しっかりと網膜に焼きつけた。
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