第40話「園姫の決意~領民と心をひとつに~」

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 城門の上では、園が配置についた守備兵たちを鼓舞していた。


「わらわと一緒に絶対に城門を守りきるのじゃ! 刀兵衛たち抜刀隊が必ず局面を打開してくれる! それまで持ちこたえるのじゃ!」


 しかし、正規軍ではない領民は圧倒的なガルグ軍の軍勢に対して怖気づいているようであった。


 口々に「だ、大丈夫だべか……?」「おらたちに守りきれるべか……」「やっぱりガルグに歯向かうのは無理だったんじゃ……」などと弱気になっている。


 無理もない。ガルグ軍と言えば荒くれ者の集団として知られており、その噂は領民たちも知っている。


 だが、今はこの領民たちに頑張ってもらうしかない。この戦いは、ただ守っているだけでは絶対に勝てない。


 一か八か攻めるしかないのだ。

 

 そのためには刀兵衛の鍛えた抜刀隊を攻撃に回して、最大限にその力を発揮するしか道がない。


(むう……さすがに八千もの軍勢を前にすると、領民の士気を上げるのは難しいのじゃ……しかし、ここで簡単に城門を打ち破られるようなら、それこそ一巻の終わりなのじゃ……)


 城壁があるので守る側はよじ登ってきた兵や梯子(はしご)をかけようとしたりする兵を槍で突いたり払ったりしてればいい。特に高等技術は必要ない。

 だが、戦意が喪失したまま守りきれるほど甘くはないだろう。


(いざとなったら、わらわの命を賭けてでも守りきらねば……!)


 刀兵衛ほどの剣技はなくとも、園には磨き上げた槍術がある。


 元いた世界の最後の戦いでは、ろくに槍を使うこともできずに焼け落ちる城とともに運命を共にしたが――、


(今回はこうして守備の最前線に出ることができたのじゃ。なら、存分に槍働きをして悔いのない死を迎えるのじゃ)


 もちろん生きて刀兵衛やリリアたちと再会したいが、決死の覚悟で臨まないと守りきることはできない。それだけ、この城門は重要な戦略拠点なのだ。


(刀兵衛はいざとなった駆けつけるとは言っていたが……)


 敵の大軍が攻め寄せる中で、はたしてそれができるかどうか。


 先日の二千の兵は油断しきっていた上に夜襲だったが、今回は違う。相手も奇襲の類には警戒するだろうし、そもそも今回戦うのは敵の主力軍だ。


 なので、ルリアルは兵も領民も一丸にならねばならない。刀兵衛だけに頼れない。

 園は、改めて領民たちに呼びかけた。


「……戦いたくない者がいれば、今のうちに去ってくれてもいいのじゃっ! わらわは、たとえひとりになっても城門を守りきる! 戦って死ぬか、戦わずに捕らえられて虐殺されるか、どちらかを選ぶのじゃっ!」


 園の鬼気迫る叫びに、動揺していた領民たちは一斉に静まり返った。

 こんなふうに領民たちを怒鳴りつけることは園も本意ではない。


 だが、生半可な気持ちでは、これからの戦いに臨むことはできない。


 臆病風に吹かれた者がひとりでもいれば、それが次々と伝播していき、総崩れになってしまうのだ。


 籠城戦においては、内部の結束がなによりも求められる。


 園のいた戦国の世でも、籠城時に武将が自分だけ助かるために主君を裏切ることは多々あることだった。内から崩壊した城は、もはや負けたも同然なのだ。


「……畑を耕し、物を作り、商いをすることが生業であるみんなを戦いの場に巻きこんでしまったことは、わらわたち城の者の責任じゃ。……しかし、このままガルグが一方的に領土を拡げてこの世界に覇を唱えてしまったら、間違いなく暗黒時代の到来じゃ! ……じゃから、みんなの力を貸してほしい! 強き者が弱き者を蹂躙するような時代にせぬために……絶対にこの戦いは負けられぬのじゃ! 頼む!」


 園は涙を流しながら領民たちに訴え、頭を下げた。

 領民たちは静まり返ったままだが、園から顔を逸らすことはできない


 ……領民たちも、わかっているのだ。


 このままガルグのような粗暴な国が領土を拡げていくことが、どういうことかを。

 これまでその矛先がルリアルに向かなかったことで、言わば見て見ぬフリをしていた。


 だが、事ここに至っては戦うしかない。

 生き残るためには――戦うしかないのだ。


 沈黙したままの領民たちだが、徐々にその瞳に強い意思を宿らせていくのを園は感じた。

 非戦闘民であったみんなの顔が、戦う者の表情になっていった。


 やがて、領民たちが半ばヤケクソ気味に――言い方を変えれば吹っ切れたかのように――口々に気炎を上げる。


「ああもう、やってやるぜ! ここが俺たちの死に場所だ!」

「どうせ長生きしても一生野良仕事だべ! いっそ死に花咲かせてやるべさ!」

「おらたちルリアル領民の意地を見せてやるべ! ガルグに一泡吹かせてやるべぇっ!」


 領民たちの士気がどん底から、一挙に燃え上がっていった。


 領民を戦へと駆り立てることに心が痛むところもあるが、これでどうにか城門は持ちこたえられる気がした。


(……このルリアル領民たちの命は、絶対にわらわが守ってみせる! もう元の世界のときのように領民を犠牲にはせぬのじゃ……!)


 そして、園も心の中の炎をさらに燃え上がらせていった。


 今度こそ、国を城を民を守り切る――。


 園は、白い鉢巻きを取り出すと、自らの頭にキツく結んでいった。

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