第38話「嫉妬と憎悪の暗い炎」

◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 夜襲に備えて慎重に進軍し、ようやくガルグ軍はルリアル城を遠望できる平野へと出た。


 ここから川を渡河した向こうに農地があり、城壁と城門があり、城下町があり――そして、小高い山にルリアル城がある。


「むふぅ、まずはここに陣を敷くか」


 輿(こし)に乗って移動していたドゥダーグは、側近に命じて陣地を作らせることにした。


 数を頼みに一気に攻め入ることも考えたが、ここへ来る途中に見たズフォルクを始めとするガルグの将兵の凄惨な屍の数々に、さすがのドゥダーグも慎重にならざるをえなかった。


 半信半疑で聞いていたが、騎馬隊士の言っていた異世界人の鬼神のような強さというのは、どうやら事実らしい。その斬撃の凄まじさを証明するように、文字通り真っ二つになっている屍が幾つもあった。


 ……もっとも、時間が経っているのでかなり腐敗しつつあり、目を背け鼻をつまみたくなる状態ではあったが。


 しかし、これが戦って敗れるということだ。

 だからこそ、ドゥダーグはずっと勝利をし続けてきた。


 敗者にならぬために徹底的に反乱の芽を潰し、圧政で民から力を奪い、独裁体制を盤石なものとしてきたのだ。


(バジムとの戦いに備えて、できるだけ兵の消耗を防がねばならぬのだがなぁ……)


 しかし、長期に渡って城を包囲することも難しい。ぼやぼやしているとバジム側から、攻め入ってくることも考えられるからだ。


(むふぅ……わし自ら前線に出るのも億劫なことであるが……ここは出ないわけにもいかぬか……)


 ここしばらくは自ら最前線に出ることはなく、軍事作戦は忠実な部下であるグルスに任せていた。齢も四十二を数え体力の衰えを感じる上に、ドゥダーグはあまりにも多くのものを得すぎた。


 せっかく得た地位と富を失うわけにはいかない。そして、ドゥダーグには、都を制して帝を傀儡(かいらい)化し、この世界に覇を唱えるという大事な目標もある。


 戦場では、なにがあるかわからない。勇将が、雑兵の放った流れ矢にあたって死ぬことだってありうるのだ。いかな魔法の使い手とは言え、常に身を護る魔法障壁を展開し続けることはできない。


 だからこそ、ドゥダーグは用心に用心を重ねて最前線に出ることを控えていたのだが、ルリアルの異世界人相手には自ら闘わねば勝てないだろう。


(忌々しい異世界人めがっ!)


 あらゆる悪に塗れた梟雄であるドゥダーグにとって、世界を救う英雄のように扱われる異世界人は気に食わないものであった。

 否、そんな生易しいものではない。憎悪の対象であった。


 そもそも始めてドゥダーグが味方を殺したのは、異世界人であったのだ。


 ドゥダーグが無双の第一王子としてその名を轟かせた頃、ガルグにも異世界人が転生してきたのだ。その異世界人は、たちまちその武芸によって人望を得た。


 またドゥダーグとは違って見目麗しい男であったがゆえに、宮殿の婦女子に大いに持て囃された。しかも、性格までよかったので諸将はおろか国民たちからも評判がよかった。


 そして、ドゥダーグにとってなによりも許せなかったのは――ドゥダーグの実父である国王ですらその異世界人を英雄視して、次の王に据えようとしたのだ。


 だからこそ、ドゥダーグはある夜、私兵を率いて城内の居室で寝ていた無防備な異世界人を惨殺し、さらには国王を幽閉して餓死させたのだ。


 それが、ドゥダーグの独裁体制の始まりでもあった。

 それからは、ひたすらに血生臭い道のりを進んできた。


(またしても、わしの邪魔をするとは……つくづく、異世界人は忌々しい! わしがこの世界の覇者となった暁には『異世界人皆殺し令』を発布して、転移・転生してきた者はひとりの例外もなく首を刎ねてくれるわ!)


 ドゥダーグはルリアル城を遠く睨みつけながら、過去に芽生えた嫉妬と憎悪の暗い炎を再び燃え上がらせていった――。

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