第37話「剣豪料理~腹が減っては戦はできぬ~」

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 ルリアルでは、すでに万全の籠城体制が整っていた。


 領民はすでに城壁の内部に入り、事務能力の卓越したリアリによって、それぞれの部署へと割り振られている。


 青年男子は園の統括する守備隊に、少年男子・中年男子、青年女子は武器・食料の輸送と怪我人の搬送、それ以外は食事を用意したり雑役をする兵站部隊だ。


 国内を隈(くま)なく巡察し、その人柄により領民から慕われていた園によって守備隊は短期間ながらよく訓練をこなし統率力を各段に上げていた。



 ……そして、いま――ルリアルの諸将はすべて刀兵衛率いる遊撃部隊『抜刀隊』に編成され、決戦に供えて、いつもより豪華な料理を振る舞われて英気を養っていた。


 刀兵衛が「……腹が減っては戦はできませぬゆえ……」と重々しく言上したからである。


 そして、その手料理は――なんと刀兵衛自らが調理した。

 戦場を渡り歩くうちに刀兵衛は剣のみならず料理の腕も上がっていたのだ。


 本日の料理内容は、ぼたん鍋である。

 この世界にも猪(イノシシ)と似た獣がいて、食用されているのだ。

 季節の野菜やキノコもふんだんに入れられた、刀兵衛自慢の一品である。


「うおお! なんという美味さだ!」

「さすがは刀兵衛さま! 我ら、こんな美味いもの食べたことはございません!」

「これでもう思い残すことはない!」

「いやいや、必ず勝って、もう一度この鍋を味わおうではないか!」


 刀兵衛の手料理を振る舞われた兵士たちは大喜びである。

 なお、この場には兵士だけでなくこれからの戦いで指揮をとるリリア、リアリ、園もいた。


「本当に、おいしいです! 刀兵衛さまは、お料理もお上手なのですね!」

「刀兵衛さまは、料理の腕までチートですねぇ……」

「むうぅ……! 刀兵衛の手料理がこれほどまでに美味であったとは驚きなのじゃ!料理が苦手なわらわとは大違いじゃ! 圧倒的敗北感なのじゃ!」


 野趣溢れる男の料理であったが、女性陣にも好評だ。

 この世界にも味噌と似たものがあるので、うまく味を整えることができた。


 刀兵衛は諸国を渡り歩いてきたがゆえに、様々な国の料理を食す機会があったのである。路銀を無駄にしないために野宿がてら自炊することも多かったし、強くなるためには食事も大事なのだ。


 また、刀兵衛にとって料理は戦場暮らしの中のささやかな楽しみでもあった。

 剣の道と料理の道は、どこか似ていると刀兵衛は思っている。


 包丁という刃を以って食材に相対し、技を以って制す。

 敵(食材)に応じて、繰り出す技を選択し、最適解を求める。


 仕上げだけでなく、下ごしらえも大事だ。

 美味い料理を作るには――そして、最高の技を繰り出すためには――たゆまぬ日々の鍛錬も必要なのである。



「「「ごちそうさまでした!」」」



 あっという間に大鍋が空っぽになり、皆が心と声をあわせて刀兵衛に感謝する。


「……お粗末さまでござりまする……」


 みんなの弾むような満足げな声に、刀兵衛はいつもと変わらぬ無表情で重々しく頷いたのであった――。

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