第四章「決戦」
第36話「前線指揮官の震え」
ドゥダーグが総力を挙げてルリアルを討伐する――否、焦土と化す――ことを決定してから一週間が過ぎて、ようやくガルグ全軍は進軍を開始した。
さすがに西のバジム国境沿いから東のルリアルまで軍団を移動するとなると、時間がかかったのだ。
本来はバジムに感づかれないように小部隊が少しずつ移動するという手段をとるべきであったが、憤激に駆られたドゥダーグにそのような余裕はなかった。
バジム討伐軍の将兵は事情がよくわからぬまま、急遽、東のルリアルに向かうことになって困惑していた。
しかし、絶対的な独裁君主であるドゥダーグに異を唱えることはもちろん、事情を詳しく聞くようなこともできない。
結果として、全速力で引き返してバジム討伐軍はルリアル国境へ向かったのだ。
そして、運悪く途中で雨に降られたりというハプニングもありながら、ガルグ城へ辿りついたのが五日前。
そこで改めてドゥダーグから、ルリアルを焦土と化す旨を告げられた。
その際、ズフォルク率いる二千の兵が、たったひとりの不気味な男の夜襲を受けて壊滅的被害を受け、生存者はたったの五十騎という驚愕の事実を知らされた。
バジム討伐軍先鋒の大将であったグルスはその話を俄かに信じられなかったが、生き残った騎馬隊五十騎のうちの何人かから話を聞いて、それが事実であることを確認した。
その騎馬隊五十騎は、そのままグルスに付属させられたのだが……ドゥダーグからは、逃げ帰った五十騎から馬を取り上げ、歩兵として初戦で最前線に投入して壊滅させろという内々の指示を受けている。
ドゥダーグは、敵にも味方にも苛烈な君主であった。
だが、初戦で逃げ帰った騎馬隊を全滅させて見せしめにすることには意味がある。
そうすれば、これから戦う将兵は自分たちが逃げ帰った場合は、同じ目に遭わされると理解するのだ。恐怖こそ、ドゥダーグの統治手法であった。
(……さすがは、ドゥダーグさま。恐ろしい御方よ……)
知勇兼備の将としてドゥダーグを軍事面から支えてきたグルスだが、兵に対してここまで酷薄になることはできない。
現場にいる将がそんな指示をしたら兵の士気は顔色に出さずとも著(いちじる)しく落ちるし、最悪、戦闘中に背後から襲われる可能性もある。
だが、ドゥダーグはそんな無茶苦茶な指令を通すだけの絶対的な権力と人を支配する力を持っていた。
そして、それだけではない。ドゥダーグ自身も、並外れた戦闘力の持ち主なのだ。
これまでのガルグの歴史において、あまりにも苛烈すぎるドゥダーグに反旗を翻した者が何人かいた。
しかし、ドゥダーグ自らの手によって、悉(ことごと)く鎮圧されてきたのだ。
ドゥダーグは、政治手法が剛腕なだけでなく、その戦闘力も豪腕であった。
一見、でっぷりと太ったその肉体からは武人には見えない。
だが、若かりし頃のドゥダーグは比類ない武力をもって鳴らしたガルグ一の猛将であり、なおかつ国内随一の魔法の使い手なのである。
なにも国王の息子という血統的な理由だけで君主になったわけではない。実力が伴っているからこそ、これだけの独裁的手法で国を統治することができているのだ。
グルスも、鎮圧軍の一員としてドゥダーグに従軍したことがあったが、その強さはまったくの異次元であった。
しかも、反乱を起こした将はこの世のものとも思われないむごたらしい拷問の数々を受けて殺され、市場に梟首された。もちろん、一族郎党は老若男女問わず、まだ三歳にもならぬ子をも含めて皆殺しにされた。
あれほどの圧倒的な強さと冷酷さと残虐さを見せつけられては、とても反乱など起こそうという気にはならない。
(……ドゥダーグさまの強さは、それこそ異次元――)
仮に、今回の二千もの軍隊の壊滅がドゥダーグの癇癪(かんしゃく)によるものと考えたなら、得心がいくほどだ。
しかし、この甚大な被害はルリアル側にいるたったひとりの男のしわざだという。
となると、ドゥダーグに匹敵するような異次元の強さをもった武人が現れたということになる。
(……今回の戦……とんでもないものになりそうだ……)
グルスは、進軍中の馬上で身震いを禁じえなかった。
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