第32話「暗闇の鎌鼬」
その後も、刀兵衛の戦いは続く。
屋敷から出ると、騒ぎを聞きつけて遠巻きに見ている将兵がいた。
駆けつけなかったのはズフォルクに人徳がないこともあろうし、危ないところには向かいたくないという心理が働いたこともあるだろう。
そもそも彼らは軍隊というよりも、荒くれ者の寄せ集まりに近い。
旨味(うまみ)がなければ、わざわざ危険を冒(おか)すことはない。
「……」
刀兵衛は、そんな集団に向けてゆっくりと歩を進めていく。
ざざっ、と。
たったひとりの侵入者に対して、千を超える男たちが後ずさった。
闘気があまりにも、違いすぎる。
常に強き者を求め続け、強さの極致に達した刀兵衛。
対するは、村人や婦女子など弱き者ばかりを、数を頼りに虐(しいた)げてきた荒くれ者たち。
あまりにも、その存在感には圧倒的な差があった。
刀兵衛が敵を求めて歩を進めるたびに、将兵はジリジリと下がっていく。
やがて……その重苦しい空気に耐えかねたのだろう。
荒くれ者のうちのひとりが喚(わめ)く。
「あ、相手は、たったひとりじゃねぇか! みんなでかかれば、負けるわけねぇ!」
「そっ、そうだぁ! こんなやつ、ぶっ殺しちまえ!」
「そうだそうだぁ、やっちまえぇ!」
緊迫感に耐えきれず、刀兵衛の背中側にいた十数人を中心に、槍や剣を手に襲いかかってきた。
ここで刀兵衛に挑んだ連中は、勇気があったからではない。
場の空気に耐えることができない、臆病な輩(やから)だ。
ゆえに――。
「…………」
刀兵衛は振り返りざまに放った斬撃で、まずは一名、続いて放った横薙ぎの一閃で二名、続いて地を這うような素早さで駆け抜けて、すれ違いざまに三名、四名と斬った。そして、もうすでに次の獲物へと肉薄している。
刀兵衛はいつもルリアルの兵士たちに鍛錬をつけているときのように、どこまでも冷静に――かつ、容赦なく敵を倒していく。訓練のときと違うのは、相手を気絶させるのではなく、絶命させていることだ。
「ひ、ひぃいっ!?」
「な、なんだぁ!?」
刀兵衛が闇の中を駆けまわるたびに、月下に血飛沫の花が咲き乱れる。
獣のように夜目(よめ)の利く刀兵衛は、次から次へと獲物を仕留めていく。
対する荒くれ者たちはまったく刀兵衛の姿をとらえることができず、悲鳴を上げて右往左往するばかりだ。
神出鬼没の刀兵衛は、あたかも鎌鼬(かまいたち)の如く。
一方的に、荒くれ者たちを黄泉(よみ)へと送りこんでいく。
集団というものは、存外、脆い。
特に、夜襲となると動きがとれないばかりか視界に動くすべてが襲撃者に見えるという疑心暗鬼に陥り、同士討ちまで始めることになる。
戦場を渡り歩き、数多(あまた)の朝駆け夜討ちをこなしてきた刀兵衛は、野営中の軍に対する夜襲の有効性をよく知っていた。
「うぐあっ!? ま、待てぇ、俺だ、味方だ!」
「ひぃいいいい!? どこだ!? どこに敵がいるんだああ!?」
そのうち錯乱状態に陥って無差別に剣を振り回す者も現れ、ガルグ軍の宿営地は混乱の坩堝(るつぼ)と化した。
もうこうなると、襲撃者と戦うどころではない。
剣を持ったまま我先にと逃げ出す者も現れ、逆に襲撃者と勘違いされて斬られる。
二千の大部隊が夜襲を受ければ、当然、全軍に状況が正確に伝わらない。
遅れて起き始めた村外れに野営していた将兵は、敵軍が大規模な夜襲をしかけてきたと思いこみ、逃げてきた友軍を迎え撃つという有様だった。
「…………」
そんな中、刀兵衛は兵士たちの密集している箇所に突入しては無感情に無雑作に無慈悲に数を減らしていく。
……ガルグ軍にとっては悪夢のような時間が――刀兵衛にとっては、作業のような殺戮が夜明けまで続いていった。
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