第30話「侵攻」

◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ガルグによるルリアル征伐が決定してから、五日が経過した。

 もともと二千の兵は西方に向かう予定で、すでに武器や兵糧を西の宿営地に輸送しつつあったので進発が遅れてしまった。


 ドゥダーグは粗暴なようで意外とで細心の注意を払う男であり、城下の兵士には最低限の装備しかさせない(徹底的な思想教育を受けた近衛兵を除く)。ゆえに、すぐに動こうにも武器がない状態だったので出発できなかったのだ。

 そして、武装の受け渡しは城外という徹底ぶりである。


 なお、一週間ほど休養してから西方に向かう予定であった兵士たちは急遽休暇を切り上げられた上に東のルリアルへ向かうことになって不満が溜まっている状態だ。  もっとも、ドゥダーグに文句を言おうものなら即座に首が物理的に飛ぶので、誰もなにも言わないが。


 こうして兵に理不尽な指示を出すのも、ドゥダーグ流のやり方である。

 独裁的で強権的な手法で将兵にストレスを溜めさせてから、それを戦場や敵国の領内で発散させるのだ。


 ガルグ軍は敵国に侵攻するとき、日頃の鬱憤を晴らすかのように乱暴狼藉の限りを尽くし、軍の通り過ぎた跡にはなにも残らない。


 金目のものや食料を奪うのは序の口で、ストレス発散のためだけに無抵抗の村人を斬り殺したり家屋に火を放ったりと、その性質は暴虐そのものである。

 ガルグ軍と言えば、近隣から忌み嫌われ、恐れられていた。


 だが――今回は、あてが外れた。


「むうぅ、この村も、もぬけの殻か!」


 ルリエル領内に入ってから三つ目の村にさしかかったが、どの村も無人だった。

 すぐに持ち運べぬような袋に入った重い食料こそ置いてあるが、金目のものはほとんどない。銀貨など農民が持ってないのはわかるがが、銅貨すらない。


 どうやらこちらの進軍が遅れている間に、ルリアルは民に金目のものを持たせて避難させたらしい。


「ふんっ、なんと、愚かな連中よ! 領内の村人を全員入城させるとでもいうのか? そんなことをすれば消費する食料は莫大な量となり、勝手に自滅するというものなのだ! それもわからぬとは愚かなものよ!」


 ズフォルクは嘲るが、楽しみにしていた乱暴狼藉を楽しむことができずにストレスが溜まっているのは兵と同様だった。


 ちなみに、ルリアル城までは馬で行けば一日の距離だが、二千もの兵を率いていくとそれなりに日数がかかる。


 むしろ、行軍速度をわざと落として略奪を楽しむのがガルグ流進軍であった。

 その楽しみがなくなり、将兵はかなり苛立っている。

 ガルグ軍の本質は、軍隊というよりも荒くれ者の集団と言ったほうがいい。


「むしゃくしゃくしてやってられねぇぜ! 火だ、火を放て! ヒャッハーッ!」

「まったく、ルリアルはしけた国だぜぇ! おらぁ! こんなボロ家ぶち壊してやる!」


 ストレスのあまり兵士たちが勝手に住居に放火をしたり、家の破壊を始めた。

 それに触発されて、ほかの兵士たちも暴れ始めるような有様だ。


「ふんっ……」


 本来なら総大将である自分の命令を聞かずに勝手なことをすることは厳罰に処されるべきところだが、ストレスが溜まりすぎるのもよくない。

 ルリアル城下に至るまであと村がいくつもある。そのうちのひとつぐらい焼き払っても問題なかろう。


 軍事的にはまったく無意味どころか休息場所を失うというバカげた行動ではあるが、これでガス抜きになるのなら安いものだ。

 そういう計算のもと、ズフォルクは兵が暴れるのを黙認した。


「…………」


 ――そんなガルグ軍を遠く離れた木陰から見ている者がいることに、ズフォルク始めガルグの将兵たちはまるで気がつかなかった。

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