第29話「軍議」

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 その頃、ルリアル城では主立つ諸将が集められて軍議が行われていた。


「……おそらく敵軍は、こちらの領内に侵攻するとともに領内の村々に対して略奪の限りを尽くし、場合によっては火を放つことでしょう……」


 刀兵衛の元いた世界でも、戦となれば略奪放火は当たり前のことであった。


 特に今回は大国の威信を大きく傷つけたことになるので、村々への乱暴狼藉はより凄惨極まりない形で行われるであろう。


 元いた世界での最後の戦いのときでは、園はあらかじめ村人に避難するように命じていたが、それでも逃げ遅れた者や、あえて逃げずに抵抗して殺された者もいた。


 戦は綺麗ごとではすまない。

 戦場となる地域の民にとっては悪夢でしかないのだ。


「……わたくしは領民が被害にあうことを放置できません。ですから……可能な限り入城させようと思います」


「し、しかし、そうなると兵糧が……」


 リアリの言葉に集まった諸将のうちひとりが、もっともな意見を口にする。


 籠城戦において、一番の問題は食料である。


 城に籠る人数が増えるほど、その消費量は膨れあがる。しかも、戦闘には役に立たない者がほとんどなので、ありていにいって負担が増えるだけだ。

 そこで、リアリがリリアに代わって将に答える。


「大丈夫です。そのために、金銀を兵糧に変えて蓄えてきたのですから」


 そして、園が話を継ぐ。


「うむ、それに城を守るならそこまでの戦闘技術は必要ないのじゃ。城壁の上から、槍で突いたり払えばいいのじゃからな! そして、農民のほかに狩人もいるので、そちらには弓矢で援護してもらえればいい」


 最後に、刀兵衛が静かに告げる。


「……拙者と、鍛え抜いた兵たち『抜刀隊(ばっとうたい)』は討って出まする。ひとりひとりが二十人分の働きをして遊撃的に動き回れば勝機を得ることもできると存じまする……ゆえに、守備には民をあててもらったほうが好都合にござりまする。そして、城門軍の指揮は、園さまにお願いしたく存じまする……」


「むう、わらわも刀兵衛と共に敵軍の真っただ中に突っこんで存分に槍働きをしたいのじゃが」


「遊撃戦に槍は向きませぬゆえ……それに、城門を守る兵の武器は主に槍でござりますれば、園さまのほうが指揮に向いているかと……そして、門を破られたら打撃が大きいゆえ、万が一のときは園さまに敵を食い止めていただきたく……」


「なるほど、確かに城門は戦略上重要じゃからのう」


 ルリアル城は山を利用した縄張りになっているので、基本的には正面の城門の守備に集中すればよい。

 逆を言えば、この門が破られたときは城が窮地に陥るとも言える。

 裏が山なので、文字どおり逃げ道がないのだ。


「ふふ……建築様式こそ違うが、やはり、元いた世界の城と立地も城下町もよく似ておるのう。これは、今度こそ城を守って勝利せよという天の意思か」


 園は自嘲しながらも、その目には闘志が漲っていた。


「拙者も……今度こそは、敵を完全に撃滅してみせまする……今度は、拙者ひとりではござりませぬゆえ……」


 この三か月、鍛え抜いた精兵が五百もいる。


 元いた世界では、刀兵衛はあくまでも流浪の剣客であって、城兵に鍛錬を施すということをしなかった。それが結果として滅亡に繋がったという反省がある。


 ひとりひとりが刀兵衛の域に達することは不可能であっても、それなりの強さを身に着けることは可能だ。そして、なによりも今回の戦は刀や槍だけではない。


「わたくしも、魔法で援護いたします」


 そう。病が癒えて、魔法を存分に使えるようになったリリアがいるのだ。


「……リリアさまには、敵が魔法を撃ってきた場合に防御魔法を張っていただきたく存じまする……拙者たち抜刀隊はその素早さをもって回避に徹しまするが、城兵たちは持ち場を動くことができませぬゆえ……」


 相手がどれだけの魔法士を戦場に投入してくるかは未知数であるが、それに対する抑えは置いておかねばならない。リリアの魔法攻撃は強力だが、それ以上に魔法による『バリア』と呼ばれる広範囲防御結界を張れることが大きい。

 この『バリア』は、相手の魔法攻撃のみならず弓矢をも無力化できるのだ。


「わかりました。必ず、城を守りぬきます」


 リリアは刀兵衛の言葉に、力強くうなずく。


「……そして、リアリさまには傷ついた城兵の回復をお願いいたしまする……あとは刀槍や矢の補給、食糧の供給などの兵站もお願いいたしまする……五百人以上の分となると、段取りだけでも大変と存じまするが……」

「大丈夫ですっ! 必ず滞りなくやってみせますっ!」


 リアリも姉同様に、大きくうなずいた。

 幼いながらもリアリの事務処理能力や算術の腕はかなりのものなので、そういうものが苦手な刀兵衛や園にとってはありがたい。


 そのあとも軍議は続き、細かい部分まで詰めていった。


 攻撃隊は、刀兵衛率いる抜刀隊五百。

 あらかじめ城を出て、機を見て敵軍に突っこむ。


 守備隊は領民の中から壮年男子を集め、総指揮は園。


 リリアが対魔法戦に備えて、バリアを張る。リアリは後方支援の指揮。武器や食料の補給と運搬は文官と諸将の妻子、領民の非戦闘員に割り振ることになった。


「これで、ひと段落ですね! これだけの軍備が事前にできたのも、刀兵衛さまと園さまがダンジョンを攻略してくれたおかげですよ! それに秘薬を手に入れて姉さまの病を治していただいたおかげで、相手の魔法戦にも備えることができますっ!」


「本当に、おふたりには感謝してもしきれません……」


「……仕える主君のために働くことは武士として当然のことにござりまする……」


「わらわとしてもダンジョンでの戦いはよい経験になったし、リリア姫が元気になって本当によかったのじゃ! ……それに、わらわとしても元いた世界で落城の憂き目に遭っているので、もう国が滅ぶところは見たくないというのもあるのう……特に、大国の横暴によって小国が蹂躙されるのは耐えられぬ。今、思えば、あのときわらわにはやるべきことがもっとあったと思っておる。もっと刀兵衛に城兵の鍛錬を頼んだり、領民とともに何か月でも籠城する気概を持つべきであった……」


「……元いた世界にはダンジョンのような場所もなく、莫大な兵糧を賄う金銀がなかったゆえ、致し方なかったかと……それに元いた世界では兵といっても、それぞれの武将の血縁で固めた家臣団でありましたゆえ……流れ者にすぎぬ拙者が、この世界のように滅茶苦茶な鍛錬を全員に施すということも不可能でござりました……」


「うむう……しかし……」


 そうは言っても自分を慕っていた家臣や領民を滅亡させてしまったことは、この世界に来ても園の心に重く残っているようであった。


 いくら家臣が徹底抗戦を唱えても、それでも敵の軍門に下って側室とは名ばかりの奴隷になり、生き恥を晒してでも生きるべきではなかったか、と。


「……あのときの判断は誰にも責められぬと存じまする……あの国の武将も、民も、大国の横暴に屈するぐらいなら、戦って死ぬのが本望と心から思っていたように存じまする……」


 刀兵衛としても、短い間とはいえ家臣や領民との交流はあった。


 戦場の常として生死を伴う出会いと別れは当然のことであり、余計な情を持たないように生きてきたが、それでもあの国の家臣と民たちのことは忘れられない。


「……今できることは、今度の戦に全力で臨むことござりまする……」


「……そうじゃな。わらわと刀兵衛を迎えてくれたリリア姫を始めルリアルの諸将と民のため、全力を尽くすのじゃ。……すまむのう、湿っぽい話をしてしまって」


「いえ、おふたりのお気持ちを聞かせていただいて、ますますこの国を守り通さねばと思いました」


「わたしもですっ。絶対に、ルリアルを滅亡させませんっ!」


 刀兵衛と園の話を聞いて、リリアとリアリたちを始めルリアルの諸将も奮い立ったようだった。次々に、決意の声を上げる。


「必ず勝ちましょうぞ!」

「俺たちは大国には屈しない! 故郷を守るんだ!」

「刀兵衛さまに徹底的に鍛えられた俺たちだ! 絶対に負けるものか!」


 三か月前までは雑兵にすぎなかった兵士たちは、今や完全に武芸者と言っていいほどになった。


 剣技のみならず身体能力も飛躍的に向上しており、刀兵衛の「……実戦に勝る鍛錬などありませぬゆえ……」という過酷としか言いようがない鍛錬方法は実を結んだのだ。体感的には、百回以上死んでいるようなものだろう。


 強き者と闘うことこそ強くなるための近道ではあるが、この三か月、よく誰も脱落せずについて来たと刀兵衛は感心していた。


 それだけリリア姫への忠誠心――というよりも親愛の情――が強く、故郷を守ろうという心も並々ならぬものがあるということであろう。


 本当に、元いた世界の園の国の家臣や領民とよく似ていた。

 だからこそ、ルリアルを滅亡させてはならぬと刀兵衛も思いを強くした。


(……拙者は、元いた世界では、園さまを始めあの地の者を見捨てたようなもの……しかし、今回はたとえ我が身が滅びようとも、この国と皆を絶対に守りきる所存)


 皆が盛り上がる中、刀兵衛も静かに決意を固めていた。

 この戦いは、絶対に負けられない――。

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