第28話「外道」

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 


 大国ガルグの君主ドゥダーグは、部下からの報告を受けて激怒した。


「なんだとぉっ!?」


 贅肉のたっぷりついた二重顎を震わせて、怒りを露わに叫ぶ。

 癇癪持ちの国主に怯えるように、報告をした使者は土下座をするために勢いよく頭を下げた。


「は、ははぁっ……」

「もう一度言えぇ!」

「ひぃいいっ……!? は、は、はいぃっ……ル、ルリアルは、こちらの勧告を拒絶、徹底抗戦の構えですっ……!」


 ――ぎりぃっ!


 でっぷり太った顔を真っ赤にさせて太い眉毛を吊り上げ、さらにはドングリ眼を血走らせドゥダーグは激しく歯ぎしりする。


 この中年の男こそが、大国の君主ドゥダーグ・ギィゲンである。

 大国を代々治める名門ギィゲン家の四代目であり、年月を経るごとに順調に勢力を拡げてきた。


 来月には西の大国バジムに攻め入って滅ぼし、宿願であった都への上洛をいよいよ果たそうというところであったが――その前に手つかずだった(というよりは放置していた)東の小国ルリアルを武力を使わずに解体しようと思ったのだ。


 噂では、ルリアルの姫は美女であるという。なので、ハジムとの戦争前に思う存分欲望を果たそうと思っていたのだが――。


「本当にルリアルは、こちらの勧告を拒絶したのかぁ!?」

「は、はひぃっ! お、畏れ多くもルリアルは勧告を拒絶するのみならず、徹底的に戦うなどと血迷ったことをほざいておりました! し、しかも使者のわたしに対して無礼の数々、本当にどうしようもない連中でございますっ!」


 聞き間違えなどでななく、本当にルリアルはこちらの勧告を拒絶したようだ。

 ここまでくると身の程知らずというレベルではない。


 こちらの総動員兵力は一万。対するルリアルは多くても五百といったところだろう。話にならぬ戦力差である。


「ふんっ! 身の程を知らぬにも程がある! それでは、お前に二千の兵を預ける!ガルグに逆らったらどうなるか見せつけてくるがよい! もちろんリリア姫や美貌の妻女は残らず生け捕りにしてこい!」


「ははーーーっ! 必ずやルリアルを滅ぼし、ドゥダーグさまの御前(おんまえ)にリリア姫を始め美貌の女たちを並べてみせます!」


 名誉挽回の機会を与えられた使者の男――名をズフォルクという――が喜び勇む。


 文官としても武官としても凡庸ではあるが、四倍の兵力があれば十分だろう。わざわざ虎の子の魔法士を付属させるまでもない。


 そもそもガルグの主たる将と魔法士二十名は七千の兵とともに、来月のバジム侵攻に備えて西の国境に向かっている。

 治安維持と万が一のときのために千の近衛兵と魔法士十名は城からは動かせない。


 本来、ズフォルクに付属させた二千の兵は、二週間後にドゥダーグ自ら率いて西方へ向かう予定であったが、こうなっては仕方ない。


 ドゥダーグ自らルリアル討伐をすることも考えたが、ドゥダーグは定期的に西に向かった将から情勢報告を受けているし、逐一、指示を出さねばならない。あとは、ギリギリまで女たちを弄んで英気を養いたいという気持ちもあった。


(ぐふぅ……リリア姫始めルリアルの女どもを十分に蹂躙した上でバジム征伐に臨む予定だったのだがなぁ……)


 英雄色を好むとはいうが、乱世の梟雄であるドゥダーグも女には目がない。ただ、正室は置かず、もっぱら慰みものにするためだけに女を得、飽きたら文字どおり城外に捨ててくるという外道中の外道であった。


「おい、ズフォルクぅ! 必ずルリアルを滅ぼし、リリア姫を連れてこい! 絶対に失敗は許されないからなぁっ! わかったなぁ!?」

「は、は、はひぃいい!」


 ズフォルクは悲鳴じみた声を上げながら、土下座して額を床にこすりつける。


 一見、卑屈でどうしようもない男だが、こういう男ほど戦争になると情け容赦ない狼藉や虐殺をすることをドゥダーグはよく知っていた。


 日頃卑屈に振る舞っている小心な人間ほど、戦場ではその抑圧された感情を解き放つが如く悪行をするものだ。


 戦争をするにあたって、善人ほど役に立たないものはない。

 人格がクズであればあるほどよい。

 そのことは、非道の限りを尽くしてきたドゥダーグがよく知っていた――。

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