第27話「選んだ道」
「我ら……かような要求は飲めませぬ」
続いて――園も一歩、殊更(ことさら)に大きな音を立てて踏み出した。
「そうじゃな。そんな横暴な要求、飲めるわけがなかろう!」
そして、刀兵衛と園は同時に使者を睨みつける。
「うっ……」
その迫力に、使者は竦(すく)みあがり、あとずさった。それでも大国の使者としてのプライドを拠り所にどうにか踏みとどまったらしく、再び口を開いた。
「そ、そ、それならっ! い、戦(いくさ)になるのだぞ! そうなれば、将兵は皆殺し、領民は全員下級奴隷だ! もちろん姫だって無事ではすまぬのだぞ!」
喚き散らすが、城内の家臣たちに動揺はない。どうせ降伏しても、待っているのは使い捨てられる末路だけだ。
傭兵部隊といっても、もっとも危険な最前線に送りこまれて全滅するまで使い潰されることは明白。領民も下級奴隷となれば、冬を越すのも難しく著(いちじる)しい死者が出るだろう。
そこで、傍らのリアリが、逆に使者に告げた。
「戦は、望むところですね。わたしたちは脅しになど屈しませんし。ルリアルの将兵の力、ぜひ戦場でご覧に見せましょう」
「な、な、なにをぅっ!? 貴様、なにを言っているのかわかっておるのかっ! ええい、小童はどうでもいい! リリア姫、そちらの意思はどうなのだ!? まさか、本当に我が国と戦おうというのか!?」
リリアは使者に応える前に、改めてこの場に集ったみんなを見回した。
古参の家臣も、老齢の家老も、妹のリアリも、明るい人柄と内政能力で自分を助けてくれる園も――そして、この国の将兵と姫である自分をも徹底的に鍛えてくれた刀兵衛も――静かに発言を待っていた。
このみんなとならば、どんな艱難辛苦も乗り越えられる。
共に、大国に立ち向かうことができる。
そして、運命を、変えることができる――。
「……わたくしの答えはひとつです。大国の横暴には、決して屈しません。徹底的に戦います!」
リリアの凛とした声が謁見の間に響いた。
「おおおおおっ!」
「姫さま、よくぞご決断くさいました!」
「我々の力、見せつけてやりましょうぞ!」
諸将から歓声が上がり、まるですでに勝ったかのような騒ぎになる。
「な、な、な、な、な、なっ……」
使者は信じられないものを見たような表情で、目を見開く。
歓声が収まったところで、園がずいっと使者の前に歩み出た。
「そういうわけじゃ。帰って主に伝えるがいい。理不尽な要求は拒否、わらわたちは徹底抗戦するとな」
続いて、刀兵衛がいつの間にか音もなく使者の斜め後ろに立つ。
「……リリアさまがお優しい方でよかったでござるな……主君の判断によっては、あなたの首は今この瞬間、落ちていたところでござる……」
「ひ、ひ、ひぃいっ!?」
最初の居丈高な姿からは考えられないほど無様に怯えて、使者は腰を抜かす。
「な、な、なんたる、アホどもだっ……!」
使者は床を這いつくばって珍妙な動きで移動すると、謁見の間から出ていく。
それでも小さなプライドがあるのか、捨て台詞を忘れなかった。
「こ、こ、このバカ者どもがっ! き、きっと後悔するからなっ! 磔(はりつけ)と釜茹でと火炙りになってから、泣き叫ぶがよい! こ、こ、この愚か者めらがっ!」
使者は悪態を吐くと、四つん這いのまま扉から出ていき、その無様な姿に驚いた護衛の者に抱えられて退出していった
その姿は、まさに虎の皮が剥がれた狐。見事なまでの小物であった。
使者が護衛とともに逃げるように出ていくのを見届けてから、リリアは謁見の間に集う家臣たちに呼びかける。
「……これから困難が続くとは思いますが、どうかみんなの力を貸してください。そして、必ず戦に勝って、この国を、家族を、民を守り抜きましょう」
発した声は決して大きなものではなかったが、集まった家臣たちの心が結束していくのがリリアにもよくわかった。
みなの表情が、より引き締まったものになる。
それは覚悟を決めた侍の顔であった。
これから待っているのは、国の存亡を賭けた困難な道――。
それにもかかわらず、リリアも含めて全員の心に高揚するものもあった。
あの大国と正面切って戦おうというのだ。これで奮い立たない者などいない。
「やりましょう! 必ず、ガルグを打ち破りましょう!」
「そうだ! この戦い、絶対に負けるわけにはいかない!」
「ガルグなにするものぞ! 正義は我らにあり!」
家臣たちは昂る感情のままに、声を上げる。
刀兵衛の鬼のような鍛錬によって、以前のどこか頼りなさげだった家臣たちは本当に変わった。もちろん、リリア自身も――。
「姉さま、がんばりましょうっ!」
「必ず勝利するのじゃ! わらわも命を賭けて戦うぞ!」
「……この戦、絶対に負けることができませぬゆえ……拙者も死力を尽くして戦いまする……」
妹のリアリも、元いた世界で姫であった園も、そして、類稀なる剣技の持ち主である刀兵衛も、強い意思でリリアの言葉に応えてくれた。
どんなに厳しく辛い戦いになろうとも、リアリと、刀兵衛と、園と、自分を支えてくれる家臣たちがいれば、乗り越えてゆける――リリアは確信した。
「……勝ちましょう、必ず」
万感の思いをこめたリリアの言葉に――。
「「「おおーーーーーーーっ!!」」」
この場にいるすべて者の声と心がひとつになった。
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