第26話「使者」
ルリアル城、謁見の間にて――。
リリアは奥の玉座に座り、その傍らに妹のリアリが立つ。
そして、段を二段ほど下がった左右に家臣たちが並ぶ。
左の筆頭は刀兵衛、右には園。あとは、家老や譜代の家臣を中心に十人ほど。
剣技に卓越した刀兵衛はもちろん、内政能力と槍術に秀でた園は自然とこの城における序列の三番目と四番目になっていた。なお、序列二番目はやはり血縁優先ということでリアリである。
この世界でも多少は年功序列も考慮されるが、なんと言っても実力が物を言う。
とはいっても、ふたりは序列風を吹かすようなことは皆無なので(刀兵衛は鍛錬以外には無頓着であり、園は誰とでも親しくなれる性格なので序列など意味をなさない)、家臣たちに不満はまったくない。
ともあれ。城の案内係に連れられて使者がやってきた。
やたらと顎髭が長く、目つきの悪い痩せぎすの男である。どこか狐を思わせる顔をしていた。
「ようこそ、おいでくださいました。姉に代わり、労(ねぎら)わせていただきます」
本来なら、取るに足らない小国へわざわざ出向いた大国の使者にはリリア姫自ら労いの言葉をかけるべきである。それを、わざと年端もいかない妹にさせたことに痩せぎすの男は不快そうに眉をひそめた。
そもそも使者を城門前まで出迎えて謁見の前に歓待するぐらいするのが普通だし、リリアの父の代まではそのような扱いをしてきたのだ。
不機嫌さを隠そうともせず、その使者は口を開く。
「今代のルリアル国の姫は病弱とのことで、我が国に挨拶に来なくてもこれまで不問にしてきたわけですが、どうやら姫は勘違いをしているようですなぁ」
「あら、それはどういうことでしょう?」
リリアは、わざと世間知らずのお姫さまのような顔をして訊ねた。
痩せぎすの男は「フンッ!」とわざとらしく鼻息を荒くしながら、バカにしたような口調でしゃべり始める。
「ルリアルのような小国は存続しているだけでも我が国に感謝すべきなのです。我が国が兵を差し向ければ、この国は半日もたずに灰燼と帰すことでしょう。それなのに我が君主ドゥダーグさまの慈悲深さを感ずることなく能天気な対応をとるとは、これぞまさに平和ボケでと言ったところでありましょうなぁ。わたしに対して出迎えもせず、このようなふざけた対応をしたこと、きっと我が君主に報告させていただきましょう。……まぁ、今すぐに改めると言うなら、考えないでもないですがな。わたしも、こんな辺境の地まで来て手ぶらで帰るわけには行きませんからなぁ?」
つまりは酒食と美妓をもって歓待し、賄賂でも持たせろということだろう。
もっとも、父の代までは、そのような接待をしたこともあったようだ。
まるで虎の威を借る狐。絵に描いたような小物である。
だが、それだけこの地方においてガルグの威勢は強く、どんな横暴でも通ってきたということでもある。
それをよしとせずに反抗した国は、言葉だけでなく実際に兵を差し向けられて灰燼と帰してきたという事実もあった。
だから、目の前の醜悪な狐男は自分が要求した賄賂や接待がなされると信じこんでいるのだ。
「ああ、そうそう、リリア姫は病弱とのことでしたが、見れば顔色もよく、とても元気なように見えますなぁ? せっかくの美貌をお持ちなのですから、宴会ではわたしの横に座って酌でもしてもらえますかな?」
主君が主君なら部下も部下ということだろう。
好色そうな目で見られて、さすがにリリアは不快な気分になった。
だが、この場にリリア以上に不快な思いをしている者がいた。
「口を慎みなさい! この薄汚いドブ狐!」
妹のリアリだった。
一応は外交の場だというのに、怒声を発して使者を睨みつける。
まさかこんな罵声を浴びせられるは思わなかったのだろう、使者はポカンとした間抜け面を浮かべる。あまりにも想定を超えた発言に、唖然としているようだ。
……やがて、ようやく理解が追いついた使者はみるみるうちに顔面を紅潮させていった。
「ぶ、ぶ、ぶ、無礼者っ! 姫の妹の分際で、無礼にすぎるっ! このこと主君にお伝えして厳しく処罰していただくように言上(ごんじょう)いたしますぞ! 年端もいかぬ小童(こわっぱ)のほざいたこととはいえ、君主の名代であるわたしを侮辱するとは、許されることではありませんぞ!」
甲高い声でまくしたてる使者だが、リリアは動じない。
むしろ、逆に冷静さが増していくかのようだった。
「……ところで。今回のご用事は、どのようなものなのですか? わざわざ使者を派遣なされるとは、なにか大事な御用なのではないでしょうか?」
リリアから促されて、使者は自分の仕事を思い出したようだ。
いまだ顔を紅潮させたままであるが、肝心の用件を切り出した。
「これまでは貢ぎ物を受け取る代わりに攻めこむことを許してやっていたところ、このたびルリアル国を解体し、姫やその親族、家老級のものは城下に移住とする! そして、姫と領民の中の美貌の者は城に仕えてドゥダーグさまの日々の疲れを癒す係を申しつける! 家臣団はガルグの傭兵部隊に編入し、領民の税収はこれまでの五倍!なお、従わぬ者は、例外なく死罪に処する!」
「どうだ! 恐れ入ったか!」と、ばかりに使者はこリリア姫とルリアルの家臣を睨(ね)め回した。
だが、家臣たちに動揺の色はない。
この二か月、刀兵衛によって兵だけでなく文官たちも鍛錬をつけてもらっている。姫自ら鍛錬を受けているのに家臣が受けぬはずもなかった。
結果として、彼らの肝もだいぶ据わるようになっている。
それに、これからこういう事態になろうことはあらかじめ刀兵衛と園から言われていたので、動揺はない。
「む、むう……?」
城中の誰もが平然としていることに、使者の男は困惑しているようだった。
自分の言葉により城中の姫も家臣も怯え、どうにか寛大な処置をしてくれるように泣きついてくるはずだと思っていたのだろう。
くすっ、と思わずリリアは笑ってしまった。
それを見て、再び使者は激高する。
「な、な、な、なにがおかしいっ! わたしの言ったことがわかっているのかっ!? この国は解体し、リリア姫も当然ドゥダーグさまに仕えることになるのだぞ! その様子なら病弱というのも嘘だったのだろう! この女狐がっ!」
頭に血が昇った使者はますます激しく罵ってくるが、リリアはその様子が逆におかしく感じられるばかりであった。
「まさに、虎の威を借る狐。ここまでわかりやすいと逆におかしくなってしまいますね。くすくすっ」
「なっ!? この姫、頭がおかしくなったのではないのかっ!? おい、お前たちっ! わたしが言ったことを聞いていたであろう? 従わぬ者は死罪だぞ! もうこの国は終わりだ! お前たちも明日からは使い潰されること前提の傭兵になるか、下っ端の役人としてこき使われるのだからな! 当然、お前らの妻子のうち美貌な者は全員連れていくからな! 容赦せんぞ!」
なおも顔を紅潮させて言い募(つの)る使者だが、家臣たちは無言。
そして、リリアはいまだにおかしそうに、くすくすと笑っている。
「む、む、むむむっ! なんとか言えっ! 泣き叫んで、哀願して、わたしに寛大な処置を無様に土下座しながら願い出るのが筋であろう!」
もう頭から血でも噴き出すかと思われるほど、使者は怒鳴る。
そこで――刀兵衛が一歩、静かに進み出た。
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