第23話「秘薬」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
リアリとリリアは城を出て、練兵場代わりとなっている平原へ向かった。
刀兵衛は兵士たちに鍛錬をしているところだった。少し離れたところでは園が倒れた兵士たちを介抱している。
昨晩ダンジョンを攻略したといっても、日課は変わらないようだ。
「……踏みこみが足らぬ……剣を振り上げる動作に無駄がある……単純に動きが遅い……腰が引けている……立ち向かっていく気迫が足らぬ……」
刀兵衛は木刀を手に打ちかかってってくる兵士たちの弱点をひとつひとつ指摘しながら、流れるような所作で峰打ちをしていく。
百を超える兵をたったひとりで相手をしているさまは壮観だった。
「本当に刀兵衛さまはチートですよねぇ……」
「……本当に、見事ですね。さすが刀兵衛さまです」
ここへ来た目的も忘れて、姉と一緒に揃って呆気にとられてしまう。
その間にも立っている兵の数が減っていき――最後のひとりが打ち据えられて昏倒した。
「……御用でござりまするか……」
最後のひとりを倒した状態で静止していた刀兵衛だったが、ゆっくりと身体を起こすとともに振り返って訊ねてくる。
背後の位置にいるリアリたちにも、しっかりと気がついていたのだ。まさに、背中に目があるかの如しである。
慌てて、姉が口を開いた。
「は、はいっ、刀兵衛さま、園さま、朝から鍛錬お疲れさまです! 昨晩、ダンジョンを攻略していただいたことをリアリから聞きました。……直接、お礼を言わせていただこうと思いまして。……刀兵衛さま、園さま、このたびは、本当にありがとうございました!」
そう言って、姉はぺこりと頭を下げた。
「……拙者は、当然のことをしたまでのこと……」
「うむ、わらわも身体が鈍っていたところじゃったからのう! まぁ、ほとんどの敵は刀兵衛が倒してしまったので、あまり運動不足解消にはならなかったのじゃがな! はははは!」
自分たちの功を誇ることなく刀兵衛は淡々と応じ、園は快活に笑う。
そんな偉ぶらないところが、リアリにとっても気持ちがいい。
「……して、秘薬というものの効果はどうだったのじゃ?」
そして、園は本題を切り出した。
それに対して、リリアは応える。
「はい、これからいただこうと思っています。その前に、まずはおふたりにお礼を言いたくて…………あっ……」
そこまで言ったところで、リリアの身体がふらついた。
「ね、姉さまっ!?」
「むうっ?」
「――っ」
そのままバランスを崩して倒れそうになったリリアを刀兵衛が疾風の如き速さで駆けつけ、抱きとめる。
「……大丈夫でござりまするか……」
「……も、申し訳ありません、刀兵衛さま……」
やはり、姉の体調はよくないようだった。それをしっかりと見抜けなかった至らなさに、リアリは自分を責めた。姉に萌えるあまり冷静さを見失っていた。
「すみません、そこまで姉さまの体調がよくないとは気づかずに、外に連れだしてしまって……」
「いえ……直接、刀兵衛さまと園さまにお礼を言いたいとわがままを言ったのは、わたくしですから……リアリが謝ることなどありません」
自分の身体の調子が悪いにもかかわらず、あくまでもリリアは妹である自分のことを気づかってくれる。そんな姉だからこそ、リアリは幼年にもかかわらず姉のため国のために身を粉にしてがんばってきたのだ。
「……熱が、かなり、おありになるようでござりまするな……」
「むう、これはいかぬのう、早く、秘薬を飲んだほうがよいのではないか」
「だ、大丈夫です、これくらい……」
リリアは自ら立とうとしたが、すぐにまたふらついて刀兵衛に抱きとめられた。
「……無理は禁物にござりまする……」
「……す、すみません……お見苦しいところばかり、見せてしまって……ここのところ体調がよかったので……ちょっと、無理をしすぎてしまったかも、しれません……」
「ね、姉さまっ、秘薬ですっ!」
リアリは腰に提げていた『百納袋』から、秘薬の入った瓶を取り出した。
城内に戻ってから飲んでもらおうと思っていたが、こうとなっては一秒でも早く姉の病状を回復したい。
「……ありが、とう、リアリ……ごほっ、げほっ……」
姉は咳きこむと、額に汗を滲ませる。
瓶を手渡そうとしたが、手先に力が入らないようだ。
どうやら、急激に症状が悪化しているらしい。
吉報によって安心したことで、これまでずっと気を張っていた反動が出たのかもしれない。
「むう、もし瓶を落としてしまったら一大事なのじゃ。こうなったら刀兵衛が秘薬を飲ませればよいのではないか? っと……今は姫を抱きとめている状態じゃったな……。そうなると、わらわが飲ませるか」
身長差の問題でリアリというわけにはいかない。刀兵衛はリリアの肩と腰に手を添えている状態なので動くわけにもいかなかった。
「……す、みません……ご迷惑ばかり、かけてしまって……」
「なに、困ったときはお互いさまなのじゃ」
「園さま、よろしくお願いしますっ。姉さまに秘薬を飲ませてあげてください」
「うむ、それでは、わらわが飲ませるとしよう!」
園はリアリから秘薬の入った瓶を受け取ると栓を引き抜き、リリアの口元に持っていった。
「どうじゃ、飲めそうか……? 咳きこみそうだったら、ちょっと間を置くが……」
「だ、大丈夫です……お手を煩わせてしまい、申し訳ありませんっ……」
「……それでは少しずつ、傾けるぞ? 慌てずに、ゆっくりと飲むのじゃ……」
リリアがうなずくのを確認してから、園は瓶をわずかに傾けていく。
「…………んくっ…………んっ…………ごくっ……」
リリアは少し苦しそうに表情を歪めながらも、懸命に秘薬を飲んでいった。
(姉さまっ……!)
そんな姉の姿を、リアリは祈るように見つめる。
これまで名医と呼ばれる者を可能な限り呼んで治療をしてもらったり、様々な種類の回復アイテムや薬草を使ったが、姉の病を完治させることはできなかった。
唯一、聖泉による湯治だけが効果があったが、それも一定期間だけであった。
その湯治も、ここのところ効果が持続しなくなってきたところだったので、今回の秘薬の効果がないとなると手の施しようがない。
リリアが咽(む)せないように、園は何度も間を置きながら、慎重に秘薬を飲ませていく。
内容量は、コップに換算すれば三分の一もないくらいだろう。
だが、今の姉にとっては、一口飲むのがとても大変そうだ。
それでも、刀兵衛と園が危険を冒して入手した秘薬を一滴でもこぼさないとでも言うように、姉は懸命に嚥下していった。
そして、ついに――瓶の中の秘薬が空になった。
「……ど、どうじゃっ?」
「……御加減はいかがでござりまするか……?
「姉さまっ……」
三人が心配そうに見守る中――リリアの身体が青白く輝き始めた。
回復魔法を使ったときに発生する輝きと似ていたが、今回はよりその光は眩(まばゆ)く、心地よい温もりに満ちている。
まさに、聖なる輝きといったところだ。
その光が収まったときには――姉は目を閉じて眠っているような状態だった。
「姉さまっ!?」
その表情があまりにも安らかだったので、リアリは叫ぶように呼びかけた。
もしかしたら、もう二度と起きないのではないかと思ってしまったから。
「リリア姫っ!? だ、大丈夫じゃろうな!?」
「…………」
園も慌てて叫ぶが、刀兵衛は動じることなく状況を見守り見続けていた。
やがて――。
ゆっくりと、本当にゆっくりと――姉の目が開いていった。
「ん……」
長い眠りから目覚めたばかりのように、リリアは呆けたような表情だ。
「…………あら……? こ、ここは……? ……刀兵衛さま?」
「……気がつかれましたか……?」
「え、ええ…………。…………そ、そうでした……わたくし、園さまに秘薬を飲ませていただいて、それで……」
気を失っていたのは数秒ほどだったが、リリアにとっては何時間も眠っていたかのようだ。視線を彷徨(さまよ)わせて、状況を把握しようとしている。
「どうじゃ、体調は?」
「あ、はい……。……すごく、調子がいいです。こんなに身体が軽く感じるのは人生で初めてです」
「……立つことは、いかがでござりましょうか?」
「大丈夫だと、思います」
刀兵衛が腰、肩の順番で手を放すのにあわせて、リリアは自らの両足でしっかりと平原に立った。
「……すごいです。なんだか魔力が漲(みなぎ)ってくるようです」
リアリから見ても、姉の魔力が上がっていることがわかった。
それに、これまでのような青白い顔ではなくて、血色もかなりよくなっている。
「よかった! 秘薬が効いたんですね! 本当によかったです、姉さまっ!」
リアリは我がことのように、いや、それ以上に喜びを爆発させて姉に駆け寄る。
そこで――そのまま抱きついていいものか逡巡したが、その意図を汲んだ姉は逆に抱きしめてくれた。
「これまで心配をかけて……そして、負担をかけてごめんなさい、リアリ。これからは、わたくしも精一杯仕事をして国のため、民のために働きますからっ!」
「ああ、姉さま! 本当に、本当に本当に本当によかったですっ。姉さまが健康になることができて! 夢じゃないんですよね、本当に!」
姉の体力が年々落ちていっていることを傍で見ていただけに、喜びもひとしおだ。
リアリの瞳からは、自然と涙が溢れ出ていく。
「ありがとう、リアリ、本当に、ありがとう」
そんな自分を、姉は強く抱きしめてくれた。
そして、姉は刀兵衛と園に向けて、改めてお礼を口にする。
「本当にありがとうございます、刀兵衛さま、園さま。一生完治することのないと思っていた病を治していただけて……どんなに感謝の言葉を尽くしても伝えきれませんっ……」
「なに、ほとんど刀兵衛のおかげなのじゃ! 本当によかったのう!」
「拙者の剣の力がおふたりの役に立てて、なによりでござりまする」
にっこり笑う園と、いつもと変わらぬ無表情の刀兵衛。
表情は対照的だが、ふたりが喜んでくれていることは伝わってきた。
もし、刀兵衛と園のふたりがこの世界に転生することなく、あるいは転生しても別の国に行ってしまったりしたら、間違いなく姉の病状は悪化し続け、いずれ魔法も使えなくなっていたあろう。
そうなれば、なす術もなく隣国に蹂躙されていたに違いない。
「……まだ、これからでござりまする……兵を鍛え……一騎当千とまではいかなくとも……一騎当百……せめて一騎当十ぐらいまでにせねば……隣国からの侵攻を防ぎきれぬものと思われまする……」
「うむ、行商人を使ったわらわの調べでは、敵の総兵力は一万はあるようじゃ。こちらの総力は将兵併せて全部で五百。単純に計算しても二十倍じゃな……まぁ、小国相手に敵が全軍を動かすかはわからぬが……仮に、半分の五千が攻めてきても十倍になるのう……」
「……拙者が千人を相手にしている間に城が攻めこまれてはたまりませぬゆえ……やはり、ひとりひとりの兵を死をも恐れぬ侍へと変えてゆかねばなりますまい……」
さすが戦の絶えぬ世界を生き抜いてきたふたりは、この先のことを見据えていた。
確かに、まだまだ楽観できる状態ではない。
喜びも束の間、リアリとリリアは気を引き締めた。
「そうですねっ、いつまでも喜んでいられないですねっ。これから隣国の侵攻に備えてできることをしないと!」
「わたくしも、これまでみなさまに迷惑をかけたぶん、存分に働きますっ!」
「……わらわは元いた世界で城に仕える家臣も民も救えなかったからのう。せめて、この国が滅亡の憂き目に遭わぬために尽くすのじゃ」
「……拙者も、同じ思いにござりまする……」
元いた世界で滅亡した国の姫と侍。そして、この世界で滅亡の危機に瀕していた姉と妹は、改めて心をひとつにした。
ここからが、本当の戦いである。
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