第22話「妹と姉」

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 翌朝。リアリは、いつもと同じ時間に起きて朝の食卓へ向かった。

 昨晩寝るのが遅くなったといっても、大好きな姉に早く吉報を伝えたい気持ちでいっぱいだったのだ。


「姉さま、おはようございます!」

「おはようございます、リアリ。昨日は迷惑をかけて、ごめんなさい」


 姉は、まだ体調が万全ではないのだろう。熱があるのか、顔が上気しているように見える。そして、瞳も少し潤んでいる。


 そんな状態でも――いや、だからこそであろうか――姉の美しさはいつも以上に際立っている。特に、寝間着から少し覗いた胸元の湿った具合が妙に艶めかしい。


(……って、病中の姉さまに対して、そんな気持ちを抱くなんて妹失格っ!)


 心の中でブンブンと首を振って邪(よこしま)な感情を振り払うと、リアリは吉報を伝えることにした。


「あの、姉さまっ! じ、実はっ! ご、ご報告がっ!」

「……なにかあったのですか? それなら、すぐに対応いたします」


 リアリのただならぬ様子に、なにかトラブルでもあったと思ったのだろう。

 聡明な姉は、すぐに国を司る姫の表情に変わった。


 さすがは責任感ある姉だと尊敬と愛情をさらに深めるとともに、病中の姉を誤解させてしまったことを申し訳なく思う。大好きな姉に心労をかけてしまった自分は、本当に妹失格だ。


「あ、いえ! なにか問題あったわけではなくて、朗報ですっ! 実は昨晩、刀兵衛さまと園さまがルリアル城の地下ダンジョンの攻略に成功して、秘薬を手に入れることができたんです! あとはルリアル国百年分レベルの金銀財宝と数十にも及ぶレアアイテム、伝説級の武具をいくつも手に入れることができました!」


「…………えっ?」


 あまりにも想像を超えた話だったのだろう。リリア姫はきょとんとした表情を浮かべた。

 まるで、昨晩の自分のようだとおかしく思いながらも、リアリは続ける。


「姉さまっ、夢と思われるかも知れませんが夢じゃありませんっ! わたしの分析魔法で何度も詳細な調査をしましたから間違いありません! これで姉さまの病は癒えますし、内政も軍事も大幅に強化できますっ!」


 自信をもって告げるリアリに、本当に夢ではなく事実だとわかったのだろう。

 それでもリリアは目をしばたたかせると、自らのほっぺたを指で摘まみ――引っ張る。


(ああっ! ほっぺたをびろーんってする姉様、かわいい! かわいすぎます! 萌えます! これでわたしは、あと十年は余裕で闘えるっ!)


 聡明なリアリであったが、実は重度のシスコンでもあった。

 心の中でエキサイトするリアリとは対照的に、姉はどこまでも冷静だ。


「……痛いですね。本当に、夢じゃないんですか?」

「はいっ! 夢じゃありません! あと姉さまかわいいです! 最高です!」

「で、でも……あの地下ダンジョンはこれまでどんな強者が挑んでも攻略不可能と言われていたはずですが……」

「刀兵衛さまと園さまのおかげですっ! 本当に、おふたりがこの地に来てくださってよかったです! これで姉さまの病を癒し、国を富ませ、兵を強くすることができます! もう安心ですよ、姉さま! 姉さま万歳!」


 笑顔で断言するリアリを見て、ようやくリリアはほっぺたから指を離した。


「…………本当に、本当なのですね……夢のようです。……わたくしもこの国も……いずれ大国によって蹂躙されるだけだと思っていたのですが……」


 それでも現実感がないのだろう、姉は喜ぶというよりも茫然と呟いていた。


(姉さま、おいたわしい……。ずっと苦労してきたから、当然ですよね……)


 リアリが姉の手助けをするようになったのは去年からだ。それまで、姉は病身に鞭打ってひとりで国を統治してきた。その苦労を思うと涙が出そうになる。


 妹としても、姉や国が悲劇に見舞われることを避けるために懸命に仕事をしてきたが、やはり六歳の身には限界がある。ずっと歯がゆく思っていた。


(でも、本当にこれで一気に解決するはずです! 秘薬が手に入ったのですから!)


 長年の懸念を刀兵衛と園はあっという間に解決してくれたのだから、まるで御伽噺の中の救世主のようであった。


「……まずは、刀兵衛さまと園さまのを労(ねぎら)わせてください。わたくしが眠っている間に、ダンジョンを攻略してくださったのですから」

「そうですね、でも、姉さま、体調は大丈夫ですか?」


「はい、せっかくですから、おふたりが命がけで取ってきてくださった秘薬、おふたりの前で使わせていただこうかと思います」


 そう言って、ようやく姉は微笑む。

 大好きな姉の笑顔を見て、リアリのほっぺたも自然と緩んだ。


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