第三章「前哨戦」
第24話「刀兵衛と聖剣」
リリアの病が癒えてから、三か月が経過した。
その間、刀兵衛は一日も休むことなく兵を鍛え続けた。
ときには夜討ちを想定して夜中に鍛錬をし、雨中での戦闘訓練も行った。
兵士たちは、この三か月で見違えるように強くなっている。
(……強き者になるためには、強き者と闘うのが手っ取り早いゆえ……)
最初は刀兵衛に手も足も出なかった兵士たちが、今では刀兵衛の斬撃を数回なら回避したり打ちあえるぐらいになっていた。なお、現在は木刀ではなく殺傷能力のある剣を兵士たちは装備している。
(……まさか、ここまで兵士たちが強くなれるとは……拙者も驚くばかりでござる……)
元いた世界で刀兵衛と打ち合えるような雑兵は皆無。
武将でも、並の者ならば三回も斬り結べば倒すことができた。
腕に覚えのある者でも、十回まで打ち合うことは稀であった。
(……やはり、リリア姫の存在が……大きいのであろう……)
健康上の不安が完全に取り除かれたリリア姫は精力的に公務をこなすだけでなく、刀兵衛と兵士の鍛錬も毎回見学している。
兵にとって、主君である姫が見ていてくれることは大きい。
誰もが闘志を漲らせて向かってくる。
最初の頃はリリア姫にいいところを見せようとして空回りする者もいたが、今では真剣かつ冷静に闘いに臨んでいる。
(……みな、良き顔になった……あの臆病で軟弱であった兵たちが、今や一流の剣客と言ってもよいほどの強者になった……)
感慨を覚えながらも、刀兵衛は次々と襲いかかってくる精悍な剣士たちをひとりひとり峰打ちしていく。
以前なら打ち倒すときに修正点を指摘していたものだが、もはや言うことはない。 あとはひたすら実戦を繰り返すのみであった。
(……これなら、一騎当十……あるいは、一騎当三十ぐらいにはなったであろう……)
もっとも騎馬ではないので、一騎と数えるべきではないかもしれないが。
だが、日頃から野を駆け山を登って足腰を鍛えているので、下手な騎馬武者よりよほど動きがいい。
刀兵衛は、そのまま休むことなく二百五十にも及ぶ兵士たちを全員打ち倒した。
以前なら、ここで鍛錬は終わりだが――。
「ここで、わらわたちの出番じゃな!」
「刀兵衛さま、よろしくお願いいたします!」
槍を手に園が、杖を構えリリアが前に出る。
槍も杖も、この間のダンジョンで手に入れた伝説級の武具だ。
鍛錬の締めくくりに、ふたりと闘うのがこの二か月ほどの恒例となっていた。
なお、倒れた兵士たちのもとにはリアリが駆けつけて、回復魔法をかけている。
リアリもレアアイテムの効果によって、以前は使うことのできなかった回復魔法を習得していた。これも大きな戦力だ。
(……姫自らこうして鍛錬を受けようという気概……これでこそ、我が仕える主君でござるな……)
健康上の不安が取り除かれたことと内政面の強化がひと段落したことで、リリアと園も二か月前からこうして鍛錬に参加するようになったのだ。
最初は、老齢の家老や譜代の家臣が反対したのだが、「魔法を使えるわたくしが戦わないで済むほど、これからの戦いは楽ではないはずです!」とリリアが主張して譲らなかった。
見た目はおしとやかなお姫さまなのだが、意外と頑固なところがあるのだ。
刀兵衛としても、これからの戦いでリリアの魔法が使えることは大きいと思っている。
魔法は、元いた世界で例えるならば大砲のようなものだ。いや、それ以上と言える。大砲の弾なら一刀両断すればいいが、魔法となるとそうもいかない。
(……拙者としても、対魔法戦の経験を積めてありがたきことでござる……)
刀兵衛は訓練用の刀の代わりに、傍らに置いていたダンジョンで手に入れた聖剣を手に取った。
最初は刀以外のものを手にすることに抵抗があったが、リアリから「絶対に使ってください! 聖剣って言ったら、本当にすごい剣なんですよ!」とすごい剣幕で力説されたので装備することにした。
「ゆくぞ、刀兵衛!」
刀兵衛が聖剣を中段に構えるとともに、まずは園が槍をしごいて向かってくる。
園の腕も、この二か月でかなり上達した。以前よりも突きの速度は格段に上がり、狙いも正確になっている。そして、それだけではない。
「っ……そこじゃっ!」
刀兵衛の動きの中から、次に回避する位置を予測して突いてくるような芸当もできるようになった。さすがの刀兵衛も、油断したら串刺しになりかねない。
刀兵衛が槍をかいくぐって斬りこもうすると、瞬時に下がって槍で防御することもできる。以前の園は守ることが苦手だったが、それをも克服している。
(……攻防ともに隙がほとんどなくなったことは、まことに喜ばしきこと……)
こう見事な槍術を見せられると、同じ武人として気持ちがよい。
強き者と闘うことこそが、武芸者である刀兵衛の喜びであった。
――キィン、キンッ!
刀と槍での目にも止まらぬ応酬を繰り広げ、一度体勢を立て直すべく互いが離れて距離をとる。そこを見計らったように――。
「そこですっ!」
リリアが杖を向けるとともに、青白い光が迸り――濁流のような勢いで衝撃波が襲ってくる。
「……っ!」
刀兵衛は、その青い衝撃波を聖剣で真っ二つに両断した。
以前までの刀なら、そんな芸当はできなかった。
伝説の聖剣は、魔法をも真っ二つにすることができるのだ。
(……聖剣とやらもなかなか悪くないでござるな……ダンジョンを攻略したことにより、このような武器を手に入れることができたのは、まことに僥倖でござった……)
刀兵衛にとって摩訶不思議としか言いようがない魔法という存在だが、この聖剣があるおかげで余計なことを考えずに斬ればよくなった。
とはいっても、少しでも斬る動作が遅れれば吹き飛ばされることになる。それはこれまでの対魔法鍛錬で学んだことだ。
一度、あえてなんの防御動作をとらずにリリアの魔法攻撃を受けてみたが、鍛え抜かれた刀兵衛の肉体をもってしても、なかなかの衝撃であった。
「……リリア姫さま、どんどん撃ってきてくだされ……そして、園さまも、拙者を貫くぐらいの勢いで攻めてきてくだされ……!」
「は、はいっ……!」
「うむ、そうせねば、刀兵衛の鍛錬にならぬからのう!」
刀兵衛の言葉に従って、リリアは攻撃魔法を連発し――園も魔法の間隙を縫うように鋭い突きを放ってくる。
「……」
刀兵衛は次々と襲ってくる魔法と槍を、ときに斬り、ときに弾き、ときに回避し、ときに斜め後方に大きく飛び下がるなどして、臨機応変に対処していく。
(……リリア姫さまと園さまの連携攻撃もだいぶ息があってきたようで、なによりでござるな……)
最初は、まるで連携などできておらず、それぞれが攻撃をしているだけであった。
だが、鍛錬二か月目の今は、息もつかせぬような連続攻撃になっている。
互いの攻撃の癖を熟知し、適確に攻撃を入れ替えている。
しかも、それが単調にならず――魔法も直線的なものから曲線的なものまで速度や角度を変えて、刀兵衛が受けづらいように計算されている。
そして、園の槍も同様に角度や速度を変え――ときには三段突きや足を狙うなどの高等技術を駆使していた。
刀兵衛以外であったら、とても耐えきれぬ攻防である。
で、あるからこそ――。
(……武芸者として、これほど面白きことはない……)
相手が強ければ強いほど。
戦闘が困難であればあるほど。
武人にとって、こんなに楽しいことはない。
「……」
しかし、刀兵衛の表情は相変わらず変わることがない。
高揚感を覚えながらも、あくまで冷静に目の前の魔法と槍に対処して刀を振るい、肉体を躍動させていく。
そして、防御・回避に徹する状況から徐々に攻勢へ転じていく。
まずは、距離の近い園から。
これまでは魔法を回避するか弾くかのみであったが、逆に踏みこみ――姿勢を低くして園に肉薄する。
「……」
「むうっ!」
――ギィン!
刀兵衛の下段からの抜刀を、園は辛くも槍の穂先で受け止める。
刀と違って防御しにくい槍でこれだけの芸当をできるのは、さすがは園だ。
だが、これは始まりにすぎない。
刀兵衛は返す刀で上段・下段・中段と攻めを継いでいく。
対する園は、まるで舞を踊るかのように両足を巧みに使って後方に下がりながら、槍の間合いを取り戻していく。
以前の園なら、ここまで粘ることはできなかった。鍛錬を繰り返すことで体捌きも判断力も、そして、それを可能にする敏捷性と筋力も格段に向上している。
「ふんっ!」
そして、刀兵衛の追撃をかわしきった園は逆に渾身の突き繰り出す。
「……っ」
――ギィイン!
身体の中心を狙った一撃を、刀兵衛は刀の腹で受けきった。
その衝撃によって身体が跳ね飛ばされるが、逆にその勢いを利用して刀兵衛は後方に下がっていく。
(……拙者の速さについていくのみならず、なおかつ反撃をできるとは……)
見事な逆襲の一手に、刀兵衛は感嘆する。
だが、ここは模擬戦とはいえ仮の戦場である。
いつまでも感情を動かされている時間はない。
「はあっ!」
リリアが刀兵衛に向けて、魔法を放ってきた。
これもまた体勢を立て直す暇を与えぬ見事な一撃である。
「……斬っ!」
それに対して、刀兵衛は珍しく裂帛(れっぱく)の気合いとともに、神速の斬撃で魔法を両断した。
いつも無言の刀兵衛であるが、力を最大限発揮するときは自然と声が出るのだ。
それだけ、今の攻防は刀兵衛を本気にさせたということである。
「……天晴(あっぱれ)でござりまするな……」
戦闘中とはいえ、つい感嘆の声を出してしまった。
それだけ、今の攻防は素晴らしかったのだ。
鍛練をしてきた成果が如実に出ている。
さすがにこれほどまでの攻防のあとでは、園もリリアもすぐに次の攻撃に移ることはできず、呼吸を整えていた。
全身を酷使する槍術も消耗が激しいが、魔法というものも体力をかなり消耗するようでリリアも肩で息をしていた。
対する刀兵衛は、まだまだ体力的に余裕がある。
これまでの年月ひたすら鍛えてきただけあって、内政や外交などの仕事もこなさなければならぬ姫たちとは体力も筋力も違う。
この状態で刀兵衛が攻めこめば、容易に倒すことができるだろう。
「……本日のところは、これにて終わりにいたしまするか……」
訊ねる刀兵衛に、ふたりは首を振る。
「はぁ、はぁ……倒れるまで闘わねば、鍛錬の意味もなかろう?」
「そ、そうです、刀兵衛さまっ……! 兵が気絶するまで鍛錬しているのに上に立つ者がここで終わりにするなど、許されることではありませんっ……!」
さすがは刀兵衛がかつて仕えた姫であり、現在、仕えている姫である。
凡百の姫とは、覚悟が違う。
(……その意気や、よし……)
これでこそ、自分の主である。
「……それでは、参りまする……」
もう言葉はいらない。
刀兵衛は、刀を構えると攻勢に出た。
そして、瞬く間にふたりの武器を弾き飛ばし、最後は拳で鳩尾を突いて昏倒させていった。
「……ふぇー…………相変わらず、刀兵衛さまはチートですねぇ……。って、感心してる場合じゃないですね! 姉さまっ、園さまっ、今、回復しますね!」
呆れたような声を出しながら、リアリがリリアと園にも回復魔法をかけていく。
両手で触れるとともに――温かな光がふたりを包みこんでいった。
「……少々、やりすぎてしまったようでござる……」
「いえ、それでいいと思います。戦争になったら、そうも言ってられないですし……わたしの放っている間諜(かんちょう)から上がってきてる情報を総合すると、もう残された時間は少ないと思いますし……」
リアリは回復魔法を行使し終えると、西を眺めた。
西の山々を越えたところに大国ガルグがある。
「そうでござりまするな……そろそろ、戦になるでござるな……拙者の勘も、そう知らせているでござる……」
刀兵衛も、静かに山々を眺めた。
遠からず、あの山々を超えて大国の軍隊がやってくるであろう。
そのときこそ自分の真価が、そして、これまでやってきた鍛練の意味が問われることになるであろう――。
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