第20話「秘宝と乙女心と富国強兵」

「ふむ、リアリの話では最下層に秘薬があるとの話であったが……どこかのう?」


 園と刀兵衛は、改めて部屋を見回した。

 構造物と言えば、入ってきた扉と豪華絢爛な玉座があるばかり。

 そうなると、玉座を調べるほかない。


「……んむ? 玉座の背の部分に鍵穴があるようじゃな」


 園が玉座を調べる一方で――刀兵衛は巨大骸骨騎士の頭蓋骨が消え失せた場所へ移動して、なにかを拾いあげた。


「……園さま、この鍵ではござりませぬか?」


 刀兵衛も玉座に移動して、骨で作られたような鍵を園に手渡した。


「おお、これは合いそうじゃな。試してみるか!」


 園は受け取った骨の鍵を、鍵穴に挿し込んで回してみる。

 すると――。


 ――ガチャッ……!


 手応えとともに解錠音が響き渡った。

 そして……、


 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!


 まるで大地震でも起きたかのような地響きが起こり、玉座の奥にある壁が左右に開いていく。


「……なんとまあ、大掛かりなカラクリじゃのう……一瞬、この部屋の天井が崩れ落ちてくるかと思ったのじゃ……」


 元いた世界の技術からは考えられないことばかりで、園としては呆れたり驚いたりするばかりだ。


「……」


 一方で、刀兵衛はいつものように無言。まったく、表情が動くことがない。やはり、一流の剣客というのはどんなことにも心を動かされないものなのであろう。


(……わらわには、一生、刀兵衛のような境地に至ることは不可能であろうなぁ……)


 心の中で嘆息するも、もはやここまで圧倒的であると逆に苦笑するほかない。


 ともあれ――鳴動と震動が完全に収まり、隠し部屋が現れる。

 そこには、三十個ほどの宝箱が整然と並べられていた。


 これまでのダンジョン攻略時と同様に罠を警戒しつつ、園と刀兵衛は宝箱を回収していった。


 さいわい、いずれの宝箱も罠ではなく、かなり稀少であろう武具や宝石、そして――リアリの言っていたらしい秘薬も、最後の宝箱から手に入れることができた。


「うむ、どうやら伝承のとおりであったようじゃな! これでリリア姫の病が癒えればよいのじゃが!」

「……そうでござりまするな。そして、隣国との戦に備えねねばなりますまい……」


 刀兵衛は浮かれる様子もなく、応える。


 常に先のことを見据える姿勢はさすがであったが、園としてはもう少しダンジョン攻略の余韻に浸りたいところであった。

 とはいっても、ほとんど刀兵衛の活躍によるものであるのだが。


 ……それに、せっかく刀兵衛とふたりっきりなので、こういうときににしか聞けないことも尋ねておきたい気持ちもある。


「……と、ところでじゃな、刀兵衛……! と、刀兵衛は、リリア姫のことをどう思っておるのじゃ?」

「…………どう、とは……どのような意味でござりましょうか……?」


「い、いや、それはじゃな……うむ、まぁ……その、なんというか……」


 自分で聞いておきながら、逆に園が挙動不審になってしまう。


(……って、そもそも、わらわはなにを聞いておるのじゃっ!)


 女子である自分から見ても、リリア姫は絶世の美女である。園もそれなりに美人であると自負していが、その自分が圧倒的に負けていると思えるほどであった。


 刀兵衛のことを好いている女子して、刀兵衛がリリア姫のことをどう思っているかは、やはり気になる。


 自分のような武骨な女子よりも、ああいういかにもお姫さまといった感じのほうが刀兵衛も好きなのではないかと。


「リリア姫は見目麗しいじゃろう? 刀兵衛も、その……男子であれば……そ、そういう女子に惹かれるのではないか、と……」


 自分で話を出しておきながら、なんともみじめな気分になってくる。

 なんで自分が刀兵衛に惚れているのに、こんなカマのかけ方をしてしまったのか。


 武家の娘である自分らしくないと思うのだが――どうも色恋となると、ふだんはまったく存在しないと思えた乙女心が出てきてしまう。


 園の気持ちを知ってか知らずか、刀兵衛はおもむろに口を開いた。


「……拙者は、剣と戦のことしか興味がありませぬゆえ……特になんとも思いませぬ……確かに、リリア姫は見目麗しいのかもしれませぬが……」

「む……そ、そうかっ……! す、すまぬ、妙なことを聞いてしまったのう……! 今のことは忘れてくれ!」


 刀兵衛の返答にどこかホッとしている自分がいることに気がついて、園は安堵するとともに自己嫌悪を覚えた。


(……これから刀兵衛とともにリリア姫を支えてゆかねばならぬのに、わらわはなにをつまらぬことを考えておるのじゃ……!)


 しかし、先ほどの刀兵衛の見事な戦いぶりに、すっかり魅了されてしまったことも確かであった。


 端的に言うと――やはり、戦う男子は格好いいのである。


「……し、しかし、刀兵衛の剣技は、まことに圧倒的じゃな……なんとか、わらわも援護をできればと思っておったのじゃが……結局、なにもできなんだ……」


 園は話題を変えたが、やはり自分の無力さを感じるばかりである。一応、それなりの槍の使い手ではあることを自負していたが、ダンジョンの主は次元が違った。


 この世界の敵は、魔法を使ってきたり、化物・妖怪変化のたぐいであったりと、これまで培ってきた対人戦の常識が通じない。


 そんな状況でも憶することなく攻防を繰り広げ、なおかつ敵を倒し続ける刀兵衛は、園から見たら、やはり異次元の強さだと思える。


「……気にすることはありませぬ……拙者は、ただ刀を振るうことしかできぬ者ゆえ……園さまのように内政を行い、領民から慕われるような人徳は持っておりませぬ……」


 園は小さいながらも城主の姫として生きてきたので、ただひたすらに武芸を磨くというわけにはいかなかった。


 もっとも、本来は姫の身で武芸や内政について学ぶことについに良い顔をしない者(特に家老など)もいたのだが。


(……ふむ、自分の無力さを嘆いていても仕方ないのう。わらわのやれることをやっていくほかあるまい……)


 さしあたっては、今回のダンジョン探索で手に入れた金銀財宝や武具を生かすことだ。それはリアリとも相談して、国力増強のために使っていけばいい。


(……あとは秘薬でリリア姫の体調が万全になれば、あの不思議で強力な魔法を制限なく使えるようになるはずじゃろうしな……! そうすれば、その魔法を使って大規模な農地の開拓や治水もできるかもしれぬ……!)


 これまでは地道に人力でやっていくしかなかったが、そうなれば可能性が拡がっていく。今回のダンジョン攻略は、リリア姫の健康問題解決のみならず富国強兵のためにも大きい。


「よし、刀兵衛、戻るとするか。これからまた国を富ませ、兵を鍛え、必ずや大国からの侵略を跳ねのけて見せるのじゃ!」

「……御意にござりまする……」


 こうして地下ダンジョンを攻略した刀兵衛と園は、今度は上層へ向かって昇っていき、最初の入口へ戻っていった。


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