第19話「人知を超えた異次元の闘い」
巨大骸骨騎士の腕の切断面から、無数の細かい骨が砂礫(されき)となって襲いかかってきた。
それは、まるで火縄銃から放たれた鉛丸のような勢いである。
それでも、刀兵衛は落ち着き払っている。
剣を微細に動かし、刀兵衛自身も小刻みに揺れる。
園からは、そうとしか見えなかった。
遅れて、刀からキンキンキンキン!と甲高い音が上がり、火花が散っていった。
数十、否、数百はあろうという骨の弾丸は――刀兵衛の刀によってまったく無効化されたのだ。
その剣技は、もはや神業としか言いようがない。
暴風雨のような勢いで襲いかかってきた敵の奥の手は、刀兵衛の肉体にまったく傷をつけることはできなかった。
「……」
それでも刀兵衛は、あくまでも無言である。
だが、無言でも放たれる闘気は圧力となって相手を竦ませる。
感情など存在しないであろう巨大骸骨騎士が、あたかも怯えたかのように後退(あとずさ)る。
片方の脚は破壊されているので、ほとんど引きずるような後退の仕方であった。
そして、刀兵衛は一歩踏み出す。
また、二歩、三歩……。
抗しきれず、巨大骸骨騎士は後ろに下がっていった。
まるで、どちらが人外魔境かわからぬほどであった。
距離を詰めていき――刀兵衛は中段の構えから、上段に変化させる。
あるいは、そのときを見計らっていたのか――それとも、これが最後の反撃の機会と思ったか――巨大骸骨騎士は後退を止める。
そして、次の瞬間――頭部以外のすべてを骨の弾丸と化して、刀兵衛に向けて攻撃をしかけてきた。
「…………」
一方で刀兵衛は、その攻撃すら想定していたかのように大きく左へ跳躍して回避。
着地するや間髪入れず、巨大骸骨騎士に向かって回りこむように走っていく。
骨の弾丸の嵐は、そのまま刀兵衛の動きを追尾するように曲がっていった。
だが、刀兵衛は疾風のように速い。
骨の弾丸は虚しく刀兵衛の残像に襲いかかるばかりで、決して追いつくことはできない。
――ザザザザザザザザザザッ!
草鞋(わらじ)が地を蹴り駆ける音、骨の弾丸が壁に着弾する音が響く中、刀兵衛は巨大骸骨騎士との間合いを詰めていく。
巨大骸骨騎士は、どういう術を使っているのか、頭部だけ宙に浮遊していた。
ほかの部分は余すところなく骨の弾丸と化して刀兵衛に襲いかかっていたが、それでも刀兵衛を捉えることはできない。
「……」
刀兵衛は駆け抜ける勢いをさらに上げて加速――跳躍し、ついに巨大骸骨騎士の頭部へと上段から斬りかかった。
その一撃は、見事に決まった。
すさまじい剣閃から、巨大骸骨騎士の頭部は真っ二つになったかと思われたが――それでも、やはり頭蓋骨は硬い。
縦一文字に斬跡を刻んだものの、斃しきることはできない。
だが、それも始めから想定していたのか、刀兵衛は着地とともに駆け抜けている。
そのあとを、のたうち回る大蛇の如く骨の弾丸が追尾していった。
(……なんということじゃ……)
刀兵衛の強さについて知っているつもりであったが、もはや目の前の光景は絵巻物の世界かなにかかと思うほどだった。
人知を超えた異次元の闘いに、つい呆(ほう)けてしまいそうになる。
(っと、闘いの最中じゃ! 気をしっかり持たねばっ!)
園は震えそうになる両脚を心の中で叱咤して、地をしっかりと踏みしめる。
こんな状況で自分になにができるかはわからないが――せめて足手まといになることだけは防がねばならない。
そうして園が己の心を立て直している間にも、刀兵衛は竜のように顎(あぎと)を形作る骨の弾丸からの追尾をかわしつつ、隙を見ては本体である巨大骸骨騎士の頭部に斬撃を加えていった。
頭蓋骨の前面だけでなくあらゆる箇所に刀傷が増えていくが、それでも不気味な頭部は宙に浮き続けている。
このダンジョンの親玉だけあって、防御力と耐久力はこれまでの魔物のようにはいかないようだ。
だが、それでも刀兵衛は地道に攻撃を重ねていく。
濁流のような勢いで襲ってくる骨の弾丸竜の顎をかわし、距離を詰めては強烈な斬撃を放っていく。
(わらわの入れる世界ではないな……加勢など、もってのほかじゃ……)
園は、ときおり流れ弾のようにくる蛇のような骨砂礫をよけつつ、戦況を見守るほかなかった。
それから――どれほどの攻防を数えただろうか。
辺りを睥睨(へいげい)するように浮かんでいた巨大骸骨騎士の頭部が、ぐらり、ぐらり、と大きく揺れ動き始めた。
何度も刀兵衛のすさまじい斬撃を受けたことで、ところどころ削りとられ、おどろおどろしい姿になっている。
強い心を持つ武家の女子である園でも、ゾッとするような恐ろしさだ。
それでも刀兵衛は顔色を変えることなく、隙を見ては斬撃を繰り出し続ける。
これだけの攻防を繰り返せば、まったくの無傷と言うわけにはいかない、
かすり傷はところどころ増えていき、着ているものはボロボロだ。
だが、刀兵衛は無感情に、あるいは無慈悲とも言えるほど情け容赦なく刀を振るっていく。
これだけ刀を酷使すればそれこそボロボロになりそうなものだが、刀兵衛愛用の刀はまったく刃こぼれしていない。
「……っ」
そして、再び刀兵衛は骨の砂礫竜を振り切って巨大骸骨騎士の頭部の背後に回りこみ――上段から思いっきり斬りつけた。
その斬撃はこれまでで最も速く、激しい。
――ズガシャアアアアアアアアアアアアアアン!
まるで山が崩落したかと思うような激しい炸裂音とともに、ついに巨大骸骨騎士の頭部が木っ端微塵に砕け散った。
同時に、それまで執拗に刀兵衛のことを追尾していた骨の砂礫竜も力を失ったように床へと流れ落ちていった
「お、おぉおっ! や、やったのじゃ……?」
ずっと回避を続けていた園も、ようやく止まる。
園が注視する中――巨大骸骨騎士の残骸であったものは、淡い緑色の光を放って消え去っていった。
一方で剣を振り下ろした姿のまま、刀兵衛は心静かにその場に留まり続けていた。
残心――。
勝ってなお、心を残して隙を見せない刀兵衛らしい姿であった。
それは神々しさを感じるほど美しく、見る者を魅了する。
「…………見事じゃな、刀兵衛……」
ほう、と思わずため息をついてしまうほど見惚れてしまう。
やはり、刀を振るう刀兵衛ほど美しい存在はいない。
「……思いのほか、手こずってしまいました……拙者の力量不足にござりまする……」
刀兵衛は姿勢を戻すと、園のもとへ戻ってきた。
園から見たら圧倒的そのものであったが、刀兵衛はこれほどの力量を持っていてもなお反省を欠かさない。
(……その謙虚さが、刀兵衛の強さの根源なのかもしれぬのう……)
刀兵衛の強さの神髄に触れて、園はしみじみと思う。
ともあれ――ダンジョン最下層の主を倒すことはできた。
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