第10話「荒稽古」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 初日の鍛錬が終わった。

 今日は、まず兵たちを引き連れて領内を駆けずり回って下半身を鍛えた。


 刀は手で振るうといっても、大事なのは下半身である。どんな荒地でも、しっかりと地を踏みしめて刀を振るえるようでないと力が伝わらない。


 それに、兵士を走らせたことには、もうひとつ意味があった。

 兵士のひとりひとりにいたるまで、この国の地形を足で覚えさせるのだ。


 よく「地の利がある」と言うが、個人の戦いにおいても地形を知っていることは大きい。


 あとは、なによりも体力をつけるためであった。

 いかな剣技が優れていても、長丁場となる戦いの途中で体力が尽きては意味がない。


 兵士たちがヘロヘロになって城内の練兵場に帰ってきたところで――刀兵衛は木刀を持たせた。


 そして自らも木刀を手にすると、全員で刀兵衛にかかってくるように命じた。

 「殺す気で、拙者に打ち込んでこい」――と。


 突然の言葉に困惑する兵士たちであったが、「来ぬのなら――拙者から参る」と、刀兵衛は早くも近くにいた兵を打ち据えた。


「と、刀兵衛さまっ!?」

「うぎゃあっ!」

「ひぃいっ!」


 ひとり、またひとりと悲鳴を上げて倒れていくうちに恐慌状態となって兵士たちは逃げようとするが、刀兵衛はそれを静かに追っていって、作業のように倒していく。


 もちろん、大事な兵を傷つけるわけにはいかないので、軽く気絶させるだけに留めておくのは忘れなかったが――。


 途中から逃げても無駄と悟った兵が向かってきたが、刀兵衛は「しっかり相手を見ろ」、「間合いが遠い」、「腰が引けている」と、ひとりひとりに改善点を指摘しながら打ち倒していった。


 刀兵衛の剣技に師や流派というものはいない。すべて、戦場で培ってきたのだ。

 その場その場で、どうすることが最善か――。

 それだけを研ぎ澄ましていった結果、刀兵衛は無双の強さを身につけたのである。


(実戦に勝る鍛錬などない)


 下手に師について型を学べば、教えられた型を守ることが第一となり、動作に遅れが生じる。

 どれだけ合理的な型であろうと、野生の勘を研ぎ澄ました者の前では敵ではない。


 刀兵衛は次々と木刀を振るって、兵士たちを打ち倒していった。

 初日の鍛錬に参加していたのは二百五十の兵だ。

 それを刀兵衛はたった一人で圧倒した。


 前後から襲いかかっても、数人で囲む形となっても刀兵衛はすべての攻撃をかわし、いなし、叩きこみ、突き、時に足払いも交えて倒していく。


 その身のこなしは、あたかも風のようであった。

 二百五十もの兵が、たったひとりの刀兵衛に木刀をかすらせることもできない。


 瞬く間に、刀兵衛の木刀の餌食となって倒れ伏していく。

 そのさまは、まさに神の業であった。


「うわあああああああっ!」


 最後のひとりが――恐怖と畏怖のあまり絶叫しながら、刀兵衛に真正面から襲いかかる。


「逃げずに向かってきたこと、それはよい」


 刀兵衛は身を低くしながら踏みこみ――すれ違いざまに、相手の背中に木刀を軽く叩きこんだ。兵士は、そのまま昏倒する。


「……終わりか」


 ほとんど時間をかけることなく、刀兵衛は二百五十人全員を戦闘不能にしてしまった。


 初日から、少々、やりすぎてしまったかもしれない。

 しかし、これぐらいの荒療治をせねばこの国の兵たちを鍛え直すことは不可能だ。


 ちなみに、この国の将兵は五百。残りの二百五十は国境沿いの警戒任務や城での業務ついている。これを交代で鍛えていくのが、当面やるべきことであった。

 ほかに文官が五十ほどいるが、そちらは園指揮のもと内政に従事している。彼らも折を見て鍛えようと思う刀兵衛であった。今はひとりでも、戦力がほしい。


「おお、刀兵衛、やっておるな! ははは、初日から飛ばしすぎじゃぞ!」

「刀兵衛さま、お疲れさまですっ」


 城から、園と魔導書を手にしたリリア姫がやってきた。

 二百五十もの男たちが倒れ伏している惨憺たる状況だが、園は愉快そうに笑う。

 一方でリリア姫は、頬を紅潮させていた。


「……多少の荒稽古はお許しくだされ……実戦に勝る鍛錬はなく、実際に面と向かって戦わねば、兵のひとりひとりの問題点などわかりませぬゆえ……」

「執務室の窓から見させていただきましたが……刀兵衛さまは、本当にお強いのですね! わたくし、自分の目が信じられませんでしたっ!」


 リリア姫は興奮を露わに刀兵衛を称えてきた。頬が赤いことから体調があまりよくないのではと思ったが、刀兵衛の稽古姿を見て高揚していたようだ。


「ふふっ、さすがは刀兵衛よのう! まさに『拙者ツエエエエエエエエ!』といったところじゃな!」


 園も、かつての部下である刀兵衛が褒められたことに上機嫌のようだ。


 刀兵衛としては兵の鍛錬を任されたががゆえに当たり前のことをこなしただけなので、そこまで手放しで称賛されるほどのことではないと思っているのであるが。


 どうにも、女子相手だと調子が狂う。

 昔から刀兵衛は、女子との会話が苦手であった。

 ただ剣を振るっているほうが、よほど気楽なのだ。


 諸国を武者修行中、遊女(あそびめ)のいる宿場町に泊まることもあったが、刀兵衛はそんなものに気を引かれなかった。

 ただひたすらに剣の道を極め、戦場で強敵と渡りあうほうが大事であり楽しかったからである。


「刀兵衛さまと園さまがこの地に転移していただいことは、本当に僥倖です。ルリアルのような小国は、いずれ滅ぶしかないものと思い憂鬱な日々を送っていたのですが……希望が見えてまいりました」


 リリア姫は花咲くような笑みを浮かべる。


「わらわは内政で手一杯であったから、こうして刀兵衛が転生して軍事面を強化してくれて大助かりじゃ! これで内政と軍事から国を改革することができるのじゃ!」


 園も、満足そうにうなずいた。


 と、そこへ――。

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