第8話「城と領民」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
城下町に戻ってきたリリア姫一行は、まずは負傷した兵士たちを医療所へ送ったのち、無事だった従者たちとともに大通りを進んでいく。
城下町には石造りの建物が並び、大通りには茣蓙(ござ)のようなものを敷いた行商人が集まり市を形成していた。平和な時代が長いからか、なかなかの活気のようだ。
住民たちはリリア姫と園の姿を見つけると、親しげに声をかけてきた。
「リリア姫さま、お身体は大丈夫ですか」
「園さま、またお食事にいらしてください! 子どもたちも待っています!」
それら民の声に、リリア姫と園は優しい笑みを浮かべて応えていった。
善政を敷いているため、なかなか民からの人気が高いようだ。
園は人懐っこい性格なので、元の世界でも領民とは非常に親密であった。
それをこの地でも発揮しているらしい。
民と触れあいながら進み、一行は城へと辿りついた。
正面に大きな門があり、城を囲うように城壁が続いている。
外観から見るに城自体は四層構造になっていて、三階部分が展望台のように張りだしている。
左右に尖塔があるが、見張りや矢を射るため櫓(やぐら)というよりも建物の見かけをよくするだけのように見えた。
元いた世界の園姫の山城は、それなりに防御を意識して作られていたが、こちらは守るためという感じではない。いや、むしろ不安になるほど防備が薄い。
「はは、驚いたじゃろう、刀兵衛。わらわも最初に見たときは、この城と城下町のあまりにも無防備すぎる構造に目を疑ったものじゃ。じゃがな、魔法で空から雷が落っこちてくるとか、火炎が手から放出されるという話を聞いたときに、これまでの常識にとらわれておるのが、馬鹿馬鹿しくなったものじゃ!」
それでは確かに、堅牢な城を築いても意味がないのかもしれない。
元の世界の城は、あくまでも武器を持っての攻防を想定して作られている。
(……魔法というものが、当たり前にある世界でござるか……)
まことに、奇々怪々な世界だ。
一対一の戦いについて負ける気がしない刀兵衛であったが、遠くから魔法とやらで攻撃されてはたまらない。こうなると、以前のような無双の活躍をできぬかもしれぬ。
(だが、それも面白いかもしれぬな。強き者と戦うことほど、楽しきことはない)
先ほどの怪獣だって、そうだ。武者修行によって剣を鍛錬してきた刀兵衛にとって、一対一で倒せぬ相手など久しくいなかったのだ。
でも、この世界なら――いくらでも強敵と出会えそうだ。
「刀兵衛さまには、ぜひ、わたくしの国の兵たちを鍛えていただきたいのです。わたくしの国は人口があまり多くなく、兵士の人数も少ない状態が続いています。ですから、ひとりひとりの兵の力を上げていただきたいのです」
「そうじゃ、刀兵衛。わらわは内政のほうで姫を補佐しておるので、そこまで手が回ってなかったのじゃ。刀兵衛には軍事の面の強化を担当してほしいのじゃ! わらわは教え方が下手じゃからのう!」
「は、微力ながら尽力いたしまする」
「お願いいたします、刀兵衛さま。戦になる日は、そう遠い日ではないと思います。なので、それまでにできることをしておきたいのです」
姫の瞳は、これまでと違い、不安げに揺らいでいた。
刀兵衛が元いた世界でも、大国からの従属勧告――というよりは、奴隷化勧告に近い要求を突っぱねたことにより、本格的な戦となった。
(……この国も、大国から理不尽な要求を受けているというわけでござるか……)
強きものが弱きものを支配する。
大国が小国を飲みこむ。
それは、確かに乱世の常であろう。
しかし――、
「大国にいいようにやられるなぞ、気に入らぬものよな! のう、刀兵衛?」
にやり、と口元を歪める園。しかし、目は笑ってはいない。
まるで――あのとき、大国と戦うと決めたときのような不敵な笑みであった。
力あるものに従うものが当たり前とばかりに、高圧的に接してきた大国の使者。
その要求は、城を明け渡すのみならず家臣の財産をすべて没収したうえでの奴隷労働、領民へのさらなる搾取――さらには、園姫を自分の欲望を満たすための側室にするというものであった。
善政を敷いて領民から慕われており、近隣の民から羨ましがられていた園姫の領地は、常に隣国の支配者から睨まれていたのだ。
武者修行をして全国を回った刀兵衛だが、あれだけ民から慕われている領主は見たことがない。
隣国の使者は、「命をとられぬだけ、ありがたく思え! 本来なら焼き討ちにしてくれてもいいのだぞ!」などと抜かしていたが、財産をすべて奪われて奴隷労働をさせられる時点で、使い潰されることは目に見えている。
そして、領民たちにとっても、ただでさえ過酷な大国の徴収が見せしめ的にさらに苛烈なものになることに間違いなかった。
なお、使者が派遣されてくる直前、隣国との親睦を深める意味合いで毎年行われていた武芸大会で、園姫から「一切、手加減をするな」と命令を受けた刀兵衛は大国の名だたる武将を打ちのめして、恥をかかせてしまった。それを聞いた園姫は痛快とばかりに笑っていたが。
「……確かに、気に入らぬと言えば、気に入らぬことでござりまするな……」
当時のことを思い出しながらも、刀兵衛はうなずく。
勝算のない戦いをすることが、はたして正しいことなのかどうかわからない。
しかし、あのときはあんな要求を突き付けられては戦うほかなかったのだが。
そんな刀兵衛の心を見透かすように、園は微笑む。
「案ずるでない。わらわたちがいた時代に比べれば、戦力差はそれほどでもない。そもそも武芸が著しく劣っておるからな、この異世界は。十分に挽回は可能なはずじゃ! この国に転生したのもなにかの縁。共に尽力しようぞ!」
もう園は、今度こそ大国を打ちのめしてやろうという気概に満ちている。
ならば、刀兵衛の答えは決まっている。
「……御意にござりまする。拙者、微力ながら、尽力いたしまする……」
「刀兵衛さま、どうか、よろしくお願いいたします。国のため、民のため、どうかお力をお貸しくださいませ」
園とは性格がまったく違うが、リリア姫の国や民を思う気持ちは本物だと感じた。
(……これは、今度こそ城と姫を守れとの天の意思でござるか……)
少し城下を歩いただけでも、領民たちはしあわせそうであった。
まるで、園姫の治めていた領民のようだ。
(やはり、民を守ってこそ、武士でござるな――)
刀兵衛は、元いた世界で出会った民のことも思い出した。
園と違って不愛想で着ているものもみすぼらしい刀兵衛であるが、領民たちは温かく迎えてくれていたのだ。
(戦に敗れるとは、領民を地獄に突き落とすことと同義)
だから、刀兵衛はもう二度と敗れるつもりはなかった。
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