第7話「刀兵衛という男」

「園さまから刀兵衛さまの剣技については、お聞きしておりました。刀兵衛さま、どうか、お願いいたします。お力をお貸しくださいませ!」


 リリア姫は、刀兵衛に向かって頭を下げてきた。


「……拙者は、ただ斬ることしか能のない者……果たして、お役に立てるかどうか……」


 刀兵衛は元いた世界で園姫に請われて客将になったものの、結局、城も姫も領民も守ることができなかった。


 いくら剣の腕があっても、大国の数の力の前にはすべてを守ることなどできない。

 いくら局地戦で勝っても、すべての敵をひとりで相手することなど――到底、不可能なのだ。


 剣の腕を磨くために武者修行をしてきた刀兵衛は、ただ自分ひとりだけが強くなればよいと思っていた。

 剣の道は、あくまでも「個」の道である。

 言わば、求道者・修行者のようなものであり、個人対個人の戦いならまだしも――軍や国という多数や組織を相手にするには、どうしても無理がある。


(多勢に無勢とは、よく言ったものでござるが――)


 しかし、刀兵衛はそういう組織や集団というものに属すことをよしとはしなかった。あくまでも、「個」であり続けたのだ。


 それは刀兵衛の個人的な気質もあったが、刀兵衛の父が主君のために身を粉にして働いたにもかかわらず、最後はその主君によって殺されたことにもよる。


 だから、刀兵衛は組織や集団、特に主君のために働こうなどとは思わなかった。

 忠義なんて、くそくらえ、である。


 しかし、無実の罪をかぶせられて切腹に追いやられた父は「刀兵衛よ、決して仇討ちなど考えてはならぬぞ」――と、幼き刀兵衛に言い聞かせた。


「……これは、隣国の計略であろう。しかし、ここで内紛を大きくしてはそれこそ思う壺。なればこそ、我が身ひとつで騒ぎを収めるのだ」と、父はすべてをわかった上で腹を切ったのだ。


 内応疑惑かけられた一族の者もそれぞれ罰を受けたが、刀兵衛の父が責任をとって腹を切ったことと先祖代々の勲功により、ほかに切腹になるものはいなかったが。


 だが、幼い刀兵衛は、そのまま主君に仕えることをよしとせず出奔した。

 持ち物は、先祖伝来の日本刀と、わずかな路銀。

 幼き身ながら浪人となって武者修行の旅に身を投じたのだ。


 それからの人生は、ただひたすらに血なまぐさいものであった。

 戦があると聞けばその地に向かい、ただひたすらに刀を振るった。


 剣の腕を上げるため、生きていくための銭を得るため必死に――文字通り、死に物狂いで生きてきたのであった。


 しかし、一方で気楽でもあった。

 自分のためにだけ生きることで、誰かに裏切られることはない。


 組織や集団に属さないことは時に不自由ではあったが、どこまでも雲ひとつない青空の如く自由な心であったと言える。


 なればこそ、そんな自分が園姫に請われて山城にとどまったことは、悪鬼羅刹のように生きてきた刀兵衛にとっては、自分でも意外なことではあったのだが――。


「なにを言っておる、刀兵衛。わらわとともに戦おうではないか! そなたの力が必要なのじゃ!」


 そして、園姫はあの山城の城下町で出会ったときと同じように――刀兵衛を誘った。屈託なく、快活に。


「ぜひ、お願い申し上げます、刀兵衛さま。この国は、常に隣の大国からの圧迫を受けており、刀兵衛さまのような武人を心から欲しておりました。どうか、わたくしたちをお助けくださいませ」


 そして、異世界の姫リリアも再び頭を下げてきた。

 元いた世界で姫であった女子と、この世界での姫である女子から頭を下げられるというおかしな事態となった。しかも、元いた世界と状況が似ているようだ。

 園姫の領地も、つねに隣の大国からの圧迫を受け続けていたのだ。


 こうとなっては、断ることもできない。そもそも、園姫の頼みを断ることなど刀兵衛にはできなかった。これは、城を見捨てた己の罪滅ぼしにもなる。


「……拙者、卑小な身ではござりまするが……命ある限り、仕えさせていただきまする……」


 小さき国の姫のため、そして、元いた世界で守れなかった元姫のために、刀兵衛はこの世界で戦っていくことを決めたのだ。


(……拙者は、今度こそ……この世界で、姫も城も国も民も……守り通せるであろうか……)


 あのとき前に進めという命令を受けて、それに従ったわけだが――逃げたようなものだ。


 だから、刀兵衛は――今度こそ、悔いのない死を迎えたいと思った。



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