第二十章「一同に会す」

   

 阪木さかき正一しょういちは、昼食の場にも現れなかった。また警察の面々は、朝食同様、昼食の時間を遅らせたようだ。そのため、昼も五人での食事となった。

 そして、昼食後。

 指定された時間ぴったりに一階へ向かったのだが、

「ようやく来ましたか。これで全員、揃いましたな」

 と、芝崎しばざき警部に言われてしまう。

 確かに、俺と珠美たまみさん以外は、すでに大食堂へ集まっていた。しかも今日は、芝崎警部だけでなく部下たちも同席している。

 俺は、その場の面々をざっと見渡してみた。


 まず、最年長の蛇心へびごころ美枝みえ。いつも通り、ゆったりとした黒い洋服を着ている。二人も殺された後ということもあって、今日は魔女の黒ローブというより、喪服のように見えてしまった。

 そういえば、心なしか顔色が悪いようだが、これも魔女っぽく見えない理由の一つなのだろうか。実の娘である江美子えみこが殺されても気弱な態度を一切見せなかった彼女が、赤の他人である杉原すぎはら好恵よしえが犠牲になった程度で気落ちするなんて、考えにくいのだが……。案外、見かけよりも神経の細い人間なのかもしれない。俺はこの時、初めてそう思った。

 あるいは、杉原好恵の事件よりも、赤羽夕子の死体や手記が見つかった一件の方が、彼女の心に影を落とし続けているのかもしれない。赤羽夕子は妖魔だと言い張っていた――おそらく本心から信じきっていた――蛇心美枝にとって、その死体発見は、まさに青天の霹靂だったに違いない。しかも一緒に見つかった手記の内容は、とても彼女には受け容れられないものだったのだ。

 蛇心美枝ほどではないが、安江やすえも、少し様子が違って見えた。昼食の時は気丈に振る舞っていたのだが、あれは女将として無理をしていたのだろう。現在のように警察が取り仕切る場ならば、その必要もないとみえて、露骨に不安そうな表情を見せている。

 その右側に座った蛇心雄太郎ゆうたろうは、左手を優しく肩へ回し、右手は彼女の手をギュッと握りしめていた。妻を安心させることに全身全霊を傾けている、という感じだった。


 使用人たちは、蛇心家の三人から離れて、後方に固まって座っていた。昨日同様「使用人なので一歩、身を引く」といった雰囲気を醸し出している。

 脚の悪い正田しょうだ茂平もへいの横には、その世話をするかのように、フミが寄り添って座っていた。

 椅子一つか二つ分を開けた横に、板橋いたばし卓也たくや。厨房から直行したらしく、白衣を着たまま、難しい顔をしている。

 大神おおがみ健助けんすけは、使用人集団の中では一番手前。いつも通りうつむき加減であり、上目遣いで周りを見ていた。


 そして彼らよりも、さらに奥に陣取っていたのが、阪木正一だ。照明の届きも悪いような暗い隅で、それ以上に暗いオーラを身に纏いながら、ひっそりと座っていた。彼を目にするのは昨日の夕食以来だが、すっかり雰囲気が変わっているように思えた。

 座る姿勢も悪いし、背中を丸めているので、体格まで変わってしまったかのような印象だ。また、実際には朝食と昼食の二食を抜いただけなのに、もう何日も食べていないかのごとく、かなり頬がこけて見えた。

 よく見ると、目は真っ赤に充血しており、まぶたも腫れている。おそらく一晩中――ひょっとしたら今日の午前中までも――泣き続けていたのだろう。


 こうして描写すると長くなったが、俺が大食堂の人々を観察していたのは、ごくわずかの時間に過ぎない。

 彼らの様子を見て感じたことなど顔には出さず、俺は珠美さんと一緒に、全体の真ん中辺りに席を取った。

 俺たちが座るのを見て、一つ頷いてから、芝崎警部が口を開く。

「では、始めましょうか」


 今回は蛇心江美子の事件とは異なり、不可能犯罪と呼ぶべき点はなかったので、話は淡々と進んでいった。

 簡単な状況説明の後、芝崎警部は阪木正一に話を促し、死体発見の顛末を詳しく語らせる。俺たちが現場で蛇心雄太郎から聞いた通りの内容であり、特に新しい情報はなかった。

 芝崎警部たちが来るまでの現場保持に関しては、蛇心雄太郎が語り手となり、俺と珠美さんで、その証言を肯定する形となった。

「ふむ。では、昨晩の皆さんの行動を教えてもらいましょうか。夕食後の行動です」

 夕食時には杉原好恵も俺たちと一緒だったので、殺されたのは、その後ということになる。つまり、阪木正一が風呂へ行き、戻るまでの一時間くらいに絞られるのだ。

 その時間、使用人たち――正田茂平とフミ、大神健助、板橋卓也――は、それぞれ別々に仕事をしていたため、四人ともアリバイなし。時間的には、仕事の合間に杉原好恵を殺しに行くのも可能ということで、これは蛇心江美子の事件と同じだった。

 同じといえば、蛇心美枝が一人で自室で休んでいたのも、雄太郎・安江夫妻が部屋で二人で過ごしていたのも、前の事件と同じ。違っていたのは、俺と珠美さんが今回は一緒だったことくらいだ。


 アリバイについて全員の証言が終わると、フッと会話が途切れる一瞬が生まれた。そのタイミングを見計らって、逆に俺の方から芝崎警部に質問をぶつけてみる。

「一つお聞きしたいのですが……。杉原さんが殺されたのは夕食後の一時間という話ですが、もう少し範囲を絞れないのでしょうか?」

 何を今さら、という目を俺に向ける芝崎警部。

 確かに、どうせ聞くならば、アリバイ調べの前に持ち出すべきだったのだろう。だが、仕方がない。アリバイ話に耳を傾けていたからこそ、一つのアイデアが浮かんできたのだから。

「ふむ。死体は検死解剖に回しましたから、少しは死亡推定時刻も狭まるかもしれません。でも、あまり期待しない方が良いでしょうな」

 目付きとは裏腹に、芝崎警部は、素直に答えてくれた。

 俺は軽く、ため息をついてみせる。

「そうですか……。もしも、殺された直後に発見されたという話になれば、一階で働いていた人々は、容疑者から排除できると思ったのですがね」

「ほう? それは一体、どういう意味です?」

 これには興味を惹かれたらしく、芝崎警部は目を細めながら、俺に聞き返してきた。

 いや芝崎警部だけではない。珠美さんの「あら、いつのまに考えていらしたの?」という視線も、俺は感じていた。

 少し調子に乗った俺は、

「ああ、たいした推理ではありませんが……」

 と口では謙遜しながら、ゆっくりと自説を披露し始めるのだった。

   

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