第5話 JCと変態おじさん国王の、旅の始まり。「吾輩は・どこにでも・ついていくよぉ♥」
日曜日の図書館は、私にとってはパラダイス。
開館時間の午前9時から、お腹が減ってくる夕食時の午後6時まで。
私は――――ここ数週間、図書館に入り浸り。
もちろん、昼食用のパンと。
水分補給用のペットボトルは、持参して。
大好きな本に囲まれて休日を過ごすことができるなんて、どれだけ幸せなことだろう。
友達と買い物に行くのも良いし、単純に遊びに行くのも良いだろう。
けれど。
「本の虫」である私にとっては、休日の図書館ほど魅惑的なものはなくて。
どうしても。
ここ数週間、特に読書熱にうなされている私は。
こうやって、今週末もまた。
パンと飲み物を持参して、市立図書館へとやってきた。
もちろん、飲食は専用のコーナーで。
「おはよう、琴葉ちゃん」
顔なじみの図書館員さんが、掃除をしながら声をかけてくれる。
けど。
先日の、奥の洋書コーナーでの奇行があったせいか。
「(なんとなく…………ぎこちない、感じ)」
挨拶はしてくれるけれど。
どことなく、顔がひきつっているような感じの図書館員さんたち。
それもそのはず。
挨拶を交わす側。私のほうも、表情が引きつっている。
その理由は、明らかだ。
「グッモーニング! 一同のモノたちよ。良き朝であるな! おはよう、おはよう! 今日も良い天気だのう! 吾輩も、今日も元気であるぞ!」
私自身が生み出した、妄想は。
今日も、元気です。
今日も、声がデカいです。
バナナ型の黒髭を揺らし、ツンと左右にとんがった奇妙な髪型で。
ほっそりとした長い手足を、まるで針金人形のように伸ばし。
奇妙奇天烈な、貴族服に。金ピカの王冠、といったコーデで。
ぴょこん。
ぴょこん。
飛び跳ねるような、独特の歩き方をしながら――――――私のあとを、ついてきている。
彼の姿は、一般の人には見えない。
身長190cmくらいはありそうなほど背が高いのに、ぴょこん、ぴょこんと。飛び跳ねながら歩くもんだから、その滑稽な姿は―――――まるでモグラ叩きのモグラが地面から顔を出すよう。
「コ・ト・ハ♥ コ・ト・ハちゃん♥ ど・こ・に・い・く・の・かな? 吾輩は・どこにでも・ついていくよぉ♥」
少し離れたところを歩きながら、飛び跳ね。
図書館の中にズラリと並んでいる書架の間から、そのムカつく顔をチラチラ見せてくる。
「(ハンマーで叩き潰してやりたい……)」
あの頭を叩いたら、どれほどスカッとすることか。
図書館の中は、原則会話は禁止。
一度入り口ゲートをくぐったら、後は静かに過ごさなければならない。
それなのに。
「……それにしても、ここは大層立派な書物庫だのう。『トショカン』と申すのか。我が―――――ウィンタルタル王国の書物庫よりも、大きいのではないか? のう、セバスチァン」
『はい。蔵書冊数は……王立の書物庫よりもかなり多いものと思われます。ざっと……100万冊は軽く超える量かと、推測されます』
「100万ッ?! タハ―――――ッ! こりゃ、おったまげたわい―――!」
静まり返った図書館の中。
奇妙奇天烈なリアクションをする、ピエロのようなバナナ髭おっさん国王と。
どうやら耳の法螺貝のイヤリングで通信しているらしい、秘書のセバスチァン伯爵。
その声と。
ド派手なリアクション。
静かな図書館で、趣味の世界に没頭できる日曜日を。
とっても、とっても、楽しみにしている私には―――――この騒音は、ストレス以外の何者でもない。
「……ちょっと。……たしかに、アンタの声やセバスチァンさんの声は、一般の人には聞こえないかも知れないけど。――――ここ。図書館なの。……雰囲気、ブチ壊しなの。静かにしてくれない? ……セバスチァンさんにも、しばらく通信しないでって、言って」
私は、エモスターク王の貴族服をつまみあげ。
バナナの髭が、邪魔な顔を引き寄せて、命令する。
もちろん静かな声で。
この髭、いつか切り落としてやりたいな。
『―――――それはそれは。大変失礼いたしました。……コトハ様。……わが国王が、色々とご迷惑をおかけしているようですね。申し訳ございません』
「……とりあえず……。2日目ですので、まだ持ちこたえてます。でも限界来てます」
主のエモスターク王とは違って。
とっても紳士的で、礼儀正しいセバスチァン伯爵。
エモスターク王の法螺貝型のイヤリングから、セバスチァン伯爵の声が聞こえてきて。
私のように、近くにいる人間は話ができる。
「ぐふ、ぐふ、ぐふ♥ 吾輩が、こちらの世界にやってきたのは……2日前ではなく。――――――実はもっと前だがの。どうだ、気味悪いだろう。ぐふふふ♥」
「いや……マジで……キモいから。ほんとにキモいから。その変顔も――――ムカつくから、やめて」
「……吾輩、変顔など……しておらんが……」
「いいから、やめて」
少し傷ついたかもしらないエモスターク王を置いて。
私は、ツカツカと足音をたて。
私服に白いスニーカーという休日のコーデで、奥の書架のほう。
いつもの「(洋書)物語・小説コーナー」へと、早歩きで向かっていく。
いらいらいらいらいら。
昨晩は、絶対に私の部屋に入ってくるな!と強く言い聞かせ。
廊下で一晩過ごすように命令した。
にも関わらず。
エモスターク王は勝手に外出をして、夜の町を堪能してきたらしい。
『ハンカガイとは、素敵なところだのぅ!』
『コンビニとは、誠に便利なところだのう! 我が「ウィンタルタル」にも欲しいのう!』
『夜になっても、明るい町だのう! これが魔術ではなく、科学とな! 驚きだのう!』
興奮に。
バナナの形の髭を、揺らすわ、揺らすわ。
鼻息をフンフンと吹き出しながら、受験勉強のために遅くまで起きている私に――――エモスターク王が何度も何度も話しかけてきた。
おかげで。
中学3年生。受験勉強、まっしぐらのはずの私は。
昨晩はろくに勉強もできず。
ただ、興奮している40代のおっさんの話を―――――聞く羽目になった。
終いには。
『こちらの世界の酒は、味は薄いが……種類がたくさんあって……良いのおっ!! ガハハハハハ!!!』
どこをどうやったのか。
ただの妄想おっさんのくせに、酒を手に入れ。
それを飲む方法を思いついたらしい。
気がついたら、女子中学生の私の部屋の中で―――――勝手に宴会を始め。
おつまみも、しっかりと準備をし。
大笑いをしながら、一人で酒を楽しんでいた。
「いい加減に、しなさ―――――――――いッ!!!!」
深夜。
自分の部屋で。
1人きりのはずなのに……突如として、叫び声を上げた私に。
父と母が、本気で心配して……明け方まで「悩み事はあるのか?」と話を聞いてくれた。
でも。
言えない。
こんな……バナナの髭を生やした、ピエロみたいなフザけた変態ロリコンおっさん王様が。
私の部屋に、いるなんて。
絶対に。
誰にも、言えない。
◇ ◇ ◇
昨晩のバカみたいな大騒ぎで。
すっかり、ストレスが溜まり、寝不足にもなり。
イライラが最高潮の私は。
図書館で、大好きな本でも読みふけって―――――気を紛らわせようと。
奥の書架から、気になりそうな本を探していく。
早く……いつもみたいに。
面白い本に出会って。周りが見えなくなるくらい、没頭し。
物語には描かれていない部分を、妄想して。
その物語に、入り込んでしまいたい。
私は――――――山のようにある蔵書の中から。
入り込めそうな本を、探し始めた。
◇ ◇ ◇
異世界の不審者情報「少女つきまとい」~中年ストーカー王の妄想話(デイドリーム)~ プチデビル @daimaou2019
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