第4話 JCの妄想が暴走する。「風呂もトイレもベッドまで、一緒だよ」



「どうしましたか? 大丈夫ですか?」

「琴葉ちゃん、大丈夫?」

「何かあったの?」

「警察? 救急車? 呼びますか、館長?」


 凄まじい、図書館全体に響き渡るような。

 まるで、刃物を手にした殺人鬼を前にした―――――映画のヒロインのように。


 断末魔のような絶叫が。

 書架の奥の方から館内全体に、けたたましく響き。


 図書館員4人と、館長さん。

 一般の利用者さんたち4,5人くらいが―――――一斉に集まってきた。


 私は、腰を抜かし。

 書架の前で床に座って。


 集まってきた大人たちに、苦笑いをしながらパタパタと手を降っている。


「ご、ごめんなさい。―――――何でも、無いです」


 苦笑いをしながら、「あははは」と顔を真赤にして。

 突然の絶叫を上げてしまったことを、集まってきた人たちに謝っておく。


「ほ、本が、落ちてきて。頭にあたっただけです。大丈夫です。あははは……」


 手にしているのは、赤い表紙の「放浪王子の英雄譚」。

 その本が落ちてきた、ということにして。

 図書館員さんたちに抱きかかえられながら、私は立ち上がる。


「ありがとうございます」


 ふらふらとした足で、なんとか起き上がって。

 私は何度も、集まった人たちに頭を下げた。


「大丈夫、琴葉ちゃん? 誰かに、何かされたのかと思ったわ」

「そうそう。ここ、一番奥だから死角なのよねー」

「館内のカメラにも、映らないのよ。ここ」

「何もなくて良かった。……もし何かあったら、すぐにスタッフに知らせてね」


 優しい図書館の人たち、一般の利用者の皆さん。

 その方たちに、何度も何度も、笑顔でお礼を言って。


 私を取り囲んでいた人たちが、戻っていくのを見送って。


 それから。

 私は。


 書架の影から――――ひょっこりと顔をのぞかせ。

 こちらの様子を、下品な笑みを浮かべて眺め続けている……ストーカーのおっさんのことを、ギロリと睨みつけた。


「…………何故……あんたが、ここに、いるの……」


 さっきの叫び声で、私は大恥をかいた。

 視線で刺し殺そうというくらい、鋭い眼差しで私が睨んでいるのは。


 ひょろりと、細長い手足。

 細い体にフィットする、奇抜なデザインの貴族服を身にまとい。

 バナナの形をした黒髭を伸ばし。

 ツンとした黒髪が左右に突き出た、奇妙なヘアスタイルの――――――おっさん。


 中学校の制服を着て。

 ポニーテールに結った黒髪の私と。


 整然と並んでいる書架や、空調設備。

 突き刺さるような白い照明の光といった、近代的な設備の図書館の様子と比べて。


 どう見ても、浮いている存在。


 エモスターク王が、恥ずかしそうに頬を赤くして。

 私の方を、物陰から見つめてきていた。


◇ ◇ ◇


 妄想。

 これは、妄想。


 私は、本に書かれている物語を――――――それはもう、リアルに妄想して。

 自分がその中に飛び込んだかのようにイメージすることができる。


 夢中で読書にハマり。

 周囲の音など、全く耳に入らないくらい集中をすると。


 私は、まるで物語の中へと飛び込んだように、その場面、その人、その周囲の様子を妄想することができる。


 だから、以前「放浪王子の英雄譚」を読んだときも、表紙に描かれているエモスターク王の姿をもとに。

 最後の戴冠式後の祝宴の様子を妄想し。

 そこに、騎士見習いの姿で宴の様子を眺め――――――重厚な物語であった「放浪王子の英雄譚」の世界観を楽しむ旅人として、物語の世界の中に入り込むことができた。


 まあ、そこで……予期せずにエモスターク王と出会い。


 突然口説かれ、突然プロポーズされてしまったのだけれど。


 そこまで妄想していたけれど。

 まさか。

 妄想したキャラクターが、現実世界にまで現れるなんて。


 そこまで、現実と妄想の世界がごちゃ混ぜになるくらい、妄想がとまらないなんて。


「――――――だめだ……私……頭、おかしくなってる」


 酷いめまいのようなものに襲われて……頭を抱える私に。

 当のエモスターク王は、観念したのか書架の間から姿を現して――――仁王立ちになって、私の前に立ちふさがった。


「がははははは! 驚いたか! 吾輩に、不可能は、ないのである!」


 中年のおっさんが、私みたいな女子中学生を前に。

 仁王立ちして、全身を披露しながら……高笑い。


 それは、どう見ても変質者。

 私の頭痛は、ますます酷くなる。


「――――――私の妄想のはずなのに。どうして勝手に出てくるの。どうして消えないのよ」


「ん? 妄想? ……よくわからんが。吾輩は、ずっとお前をつけてきたのである。……我らが世界『エオルガンデ』から、この奇妙奇天烈な世界へと転移したときも! 『チュウガッコウ』にて修行を積んでおるときも! 自宅におるときも! もちろん……風呂も、トイレも、寝ているときでも、吾輩が片時も離れずに見守って……」


「変態! 変質者! ストーカーッ!! 通報してやるんだからっ! キモッ! キモッ!」


 再び叫び声をあげて。

 私は手近にあった本を、変態おじさんに投げつける。


 バサバサと、本が宙を飛び。無数の本が床に落ち。

 狂乱した中学生が悲鳴を上げる。


 当然、図書館員の人たちが―――――再び集まってきた。


「どうしたのっ、琴葉ちゃん!」

「落ち着いて、落ち着いて!」

「一回、外に出て落ち着きましょうね! ほら、行くわよ! 琴葉ちゃん!」


 こうして。

 顔を真赤にして―――――自分が妄想しているキャラクターにストーカーされ、風呂もトイレも寝ているときも見守られ続けたことに、赤面し。

 ニヤニヤと下品な笑みを浮かべる、バナナ髭が腹立たしい……エモスターク王に。

 ありったけの本を投げつけた私は。


 数人の図書館員に諭されながら、外に出されてしまった。


 ◇ ◇ ◇


 妄想。

 これは、私の妄想。


 市立図書館から、自宅へ向かう帰り道。

 中学校の制服姿で、のっしのっしと歩いていく私の後ろを―――――十数mほど後ろの電柱の影から、ひょっこり覗き見てくる、おじさんストーカーの気配。


 この状況を他の通行人たちに見られたら、完全に「女子中学生のあとをつける、中年男の変質者」として通報され。

 駆けつけた警察官に、職務質問でもされるシチュエーションなのだけど。


 残念ながら、その中年男の変質者―――――エモスターク王の姿は、一般の人には見えていないようだ。


 なぜなら、ヤツは私の妄想だから。


「(……それなのに、どうして消えてくれないのよっ! なんで、後つけてくんのよ! アイツ!)」


 ギリリ、と悔しさに歯ぎしりをしながら。

 立ち止まって、私は背後の電柱を睨みつける。


 その電柱の影から、ひょっこり顔を出すのは。

 バナナ型の黒髭が特徴的な、やせ細った背の高い――――奇妙な貴族服と、金ピカの王冠が目立つ、エモスターク王。


 私と目が合うと、頬を赤くして顔を隠してしまう。


「こ、このお……」


 私は怒りのまま、隠れているエモスターク王のほうへと歩み寄り。

 本を投げつけたときのように、右腕を振り上げ、殴る真似をする。


「どうしてついて来んのよ! さっさと消えなさい、妄想のくせに!」


「妄想、妄想と、失礼な。吾輩は妄想などではない。実際に存在している、エモスターク王なのである! 世界を救った、英雄なのであるぞ! 最強の魔術師であるぞ!」


 えっへんと。

 エモスターク王が、バナナ型の黒髭を優雅になでながら。

 胸を張って、電柱の影から飛び出した。


 そのすぐ脇を、買い物帰りのおばちゃんが通り過ぎていく。


「ほら! アンタ、他の人に見えてないじゃないの。妄想、妄想。私は幻覚を見てるの!」


「―――――それは、吾輩とセバスチァンの魔術の故、なのであーる。この世界には、吾輩のような魔術師は存在しておらんようだから、姿は見せないほうが良かろうと。優秀な秘書であるセバスチァンが申しておったわ」


「違う! アンタたちは、私の妄想なの!」


「――――これこれ。そう、怒るでない。……もっとも、怒ったお主も……とっても、可愛いがのう♥ 未来の我が妻……コ・ト・ハ♥」


「きいいぃぃ、キモい! キモい! ニヤニヤするな! 顔、赤くすんな!」


 全身に鳥肌を立てながら。

 私は、足元に転がっていた小石を拾っては、電柱の影から―――――姿を現したり、ぴょこんと隠れたり。出たり、入ったりを繰り返す、エモスターク王に向けて、投げつける。


 エモスターク王の姿は、他の人には見えていない。

 一人、怒り狂っている女子中学生が、顔を真赤にして……電柱に向かって、小石を投げつける異様な光景に。


 きっと、見られているんだろうな。


 そんなことを感じながらも。

 私は――――――恋する乙女のように、頬を赤くしてこちらを見つめてくる……40代のキモいおっさん国王に向かって、石を投げつけ続けた。


「あいたっ!!」


 石は、エモスターク王の王冠にも命中し。

 ヤツの顔面にも、めり込んだ。


 あ。私は、石をぶつけられるんだ。


 我が妄想ながら、なかなかコントロールの効かない状況に。

 どこか楽しみながら、私はエモスタークの顔に石をぶつけていく。


 ◇ ◇ ◇



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