第3話 JC相手に、本気のストーカーはどこまでも。「今、キミの後ろにいるよ」



 土曜日の午後。

 しかも梅雨時。


 今日も、どんよりとした灰色の雲が空一面に広がっていて。

 午前中の吹奏楽部の練習を終えた私は、他の部員たちとともに後片付けをし。

 3Fの音楽室の窓から、眼下に広がる町並みを眺めていた。


 傘は一応持ってきたし。

 お昼ごはんは、お母さんが持たせてくれた――――おにぎりが2個もある。


「(部活の帰り……図書館に寄るのも。いいかも)」


 部活動終了の時刻となり。

 吹奏楽部、部長を務める―――――私は。


 部員たちを丸い円の形に並べて、最後のミーティングを開く。


「今日の活動はここまでです。来月にはコンクールも控えているし、各自、楽器を持ち帰って練習して下さい。来週からは、合奏の時間を長くします。個人で練習、ちゃんとしてきて下さい」


『はいっ、部長』


 後輩部員たちの、元気のいい返事。

 私は満足気に、ニッコリとして。


 部活終了の挨拶をした。


◇ ◇ ◇


「琴葉ァ―――――。午後から、何するの? 遊ぶ?」


 中学校の玄関。

 それぞれの部活動を終えた、生徒たちが。一斉に群がり。

 靴を履き替え、雨が滴る外へと飛び出していく。


 3年A組の下足箱前で、スニーカーを履き替えていた……夏のセーラー服姿の私に。

 後ろから、友達の女子生徒たち数人が塊となって近づいてきた。


「琴葉、最近帰るの早くない? 何してるの? 一緒に帰ろうよ」

「マジ、マジ。帰りに一緒になることなんて、珍しいよねぇ」

「おっと。とうとう琴葉にも彼氏ができたのか。デートか。きゃはははっ」


 おそろいの、夏の白い半袖セーラー服。

 中学3年の女子生徒たちは、苦笑いをしている私をからかってくる。


 玄関の外では、雨がしとしとと降り続いている。


「ごめん。ちょっと、最近……行くところがあって。ごめんね」


 両手をあわせて、何度も「ごめん」のポーズをして。

 私は、女子生徒たちに謝罪した。

 その仕草に、友達は「やれやれ」といった表情をして。お互いに顔を見合わせる。


「付き合いわるくなったら、ダメだよ、琴葉」


 ◇ ◇ ◇


 中学の女子の人間関係って、ホント、難しい。


 そんなことを想いながら。

 私は。

 傘をさし。


 一人、中学の敷地から外に出て……濡れたアスファルトの上を、黒いローファーでコツコツと足音を立て。家とは少し違う方向へと、歩いていく。


「(2つある……おにぎりの、最初の1個は図書館についたら、すぐ、食べよう。……残りは、3時のおやつ代わり、かな)」


 白い手首につけた、茶色い革の腕時計を見た。

 時刻は、午後1時になろうとしている。


 早く着かないかな。

 今日も、読みたい本がたくさんあるから。


◇ ◇ ◇


 私―――――野乃崎琴葉ののさき ことはが住む町には、市立の図書館が一つある。

 割と立派な建物の図書館は、今から十年ほど前に建設された。

当時まだ幼稚園だった私は。

 両親に連れられて、よく、その新しい市立図書館を訪れていた。


 それは、中学校3年生になった今も変わらず。


 土曜日の吹奏楽部の活動の後は、午後から図書館に入り浸って―――――好きな本に没頭するのが、私の密かな楽しみとなっている。


 顔なじみの図書館のスタッフに会釈をしながら。

 私は、並んでいる書架の……ずっと奥の方へと進んでいく。


 あまり、人が来ないようなところにある「(洋書)物語、小説コーナー」。


 普段、一般書籍を主に取り扱っている書店では、絶対に手に入らないような本が、そこには無数に並んでいる。


 どの本のタイトルを見ても、面白そう。


 きっと、それぞれに――――――素敵な物語が記されている。

 そう考えるだけで、私の胸はドキドキが止まらない。


「(ドラゴン戦記……海賊物語……指輪と剣の物語。禁断の魔術書シリーズに……炎の騎士シリーズも面白かったなぁ。読んでいるだけで、もう、世界に没頭しちゃうくらい)」


 重厚な表紙の、ぶ厚いファンタジー文学系を好む私は。

 棚に並んでいる作品は、かなり読み込んでいる。


 そんな中で。

 私は、重厚な装飾が施された1冊の赤い本を、手にとった。


「これ…………『放浪王子の英雄譚』。……先週、読んだやつ」


 表紙には、一人の人物の絵が―――――劇画タッチで描かれている。


 ひょろりと、細長い手足。


 細い体にフィットする、奇抜なデザインの貴族服を身にまとい。


 険しい表情で、無数の敵に囲まれながらも―――――果敢に戦う姿。


 彼は、世界最強の魔術師の、弟子。


 そして。

 王位継承権第1位ながら……放浪の旅を続け。世界を旅して、力を身につけ。

 祖国の危機に舞い戻ってきた、英雄。


 その名は。


 エモスターク王子。


 物語の最後の場面で、彼は戴冠式を迎え。

 正式に、魔術国家「ウィンタムタム」の新国王となる男。


「―――――……この表紙だけ見ると……ちょっとカッコいいかなって、思ったんだけどなぁ……」


 バナナの形の口ひげ。

 左右にツンと突き出た、尖ったヘアスタイルの黒い髪。


 奇妙な容姿だけど。

 彼は、国や国民のことを想い。祖国に訪れる危機を予知し。

 周囲には遊び歩いて放浪していると思われながらも、世界を旅して。


 苦労をして、絶大な力を得た。


 そして、訪れた祖国の危機。

 絶体絶命の平和な国「ウィンタムタム」を守るために、クライマックスでは相棒のセバスチァン伯爵を引き連れて―――――救世主のように登場し、国と世界を守った。


「……戴冠式までは、かっこ良かったのに。……その後……私みたいな中学生を、口説くなんて。……どうして、そういうキャラになったの……。女たらし、なんだっけ……?」


 物語は、戴冠式と。

 その後の祝宴の場面で―――――終わっている。


 本当は、その後の話なんて無いけれど。


 私はよく、「その後」を妄想する。


 物語が終わり。平和が訪れ。

 人々が笑顔で――――――主人公たちを囲み、祝福する。


 そんな、素敵なハッピーエンドの後。

 登場した人物たちは、どんな未来を過ごすのか。

 救われた人々たちは、どのようにいつもの生活を取り戻していくのか。


 敵に襲われ、不幸に見舞われた人たち。

 仲間や両親を傷つけられたり、殺されてしまったり―――――悲しみに打ちひしがれた人たちが、どのようにして、笑顔を取り戻していくのか。


 それを。

 私は。

 妄想する。


 しかも、相当リアルに。


 目の前に――――――その光景が広がり。


 私も、その世界の住人の一人となって……旅をしているかのように。


「でも。まさか。……エモスタークさんが……ロリコンって妄想は……あり得なかった……。どうして、ああいう変態になってしまったの、この人……」


 赤い本の表紙を、私の白い指が撫でる。

 指先にふれたエモスターク王の顔は、凛々しいのに。


「ロリコンは無いよね……ロリコンは……。……やっぱり、キモ……」


 妄想は、基本的に物語の延長線上のものであるはずなのに。

 どうして、エモスターク王だけは―――――あんなにも、物語の中身とは異なるイメージになってしまったんだろう。


 それとも、物語の中にそういう要素が書かれてあったけれど。


 私が、読み取れなかっただけ?


「でも、あんなに変態でロリコンで、女たらしで、変なキャラじゃ……なかったのに……」


 うーん、と。

 私が本を手にしたまま、いぶかしげな表情をしていると。


 どこからか、おっさんの声が聞こえてきた。


「変態でロリコンで、女たらしで変なキャラで――――――悪かったな」


 ◇ ◇ ◇


 人気の無い、図書館の奥の方の書架にある―――――「(洋書)物語、小説コーナー」。


 そこで「放浪王子の英雄譚」の本を手に、エモスターク王の悪口を呟いていた私に。


 中年の。

 おっさんの。


 少し、嫌味ったらしい声が聞こえてきた。


「―――――――え……ッ……………誰……。……どこ……ですか……?」


 私は。

 突然声をかけられて。

 驚いて、本を落としそうになりながら。


 辺りを、キョロキョロと見渡した。


 けれど、薄暗い、重厚な洋書がずらりと並んでいる書架の間には。

 誰の人影も見当たらない。


 ポニテの黒髪を揺らしながら、右に左に。


 私は、青ざめた顔で、周囲を見渡している。


 すると。再び。


 声が聞こえてくる。


「……………ここに……いるよ……」


「……キミの……後ろだよ………」


「……ぐふふ……♥」


 不気味な。粘着質な、低い声。


 私は。

 恐怖に制服のスカートから伸びた足を、ガクガクさせながら。


 ゆっくりと――――――背後を振り向いて。


 そして。


 図書館に響き渡るほどの……壮絶に大きな声で。


 絶叫した。


 ◇ ◇ ◇

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