第2話 JCを魔術でこっそりストーキング。不審者40歳男性「狙った獲物は、逃さんぞ♥」
背を向け。
10代女子の艶のある黒髪ポニーテールを揺らしながら、去っていく少女騎士の姿を。
地面の上にあぐらをかき。
座り直したエモスターク王が、悔しそうに眺めている。
「くっそぅ……あのオナゴ……。ちょっと可愛いからと、調子に乗りおって。吾輩を誰だと思っておるのだ。国を……世界を救った、エモスタークなるぞ。――――それなのに、アッサリと。……拾った栗が虫食いだとわかったら、アッサリ捨てるかのように……吾輩のプロポーズを断りおってからに」
バナナ型の髭が、ぷるぷる揺れ。
悔しさと怒りに顔を真っ赤にしたエモスターク王は、ゆっくりと立ち上がった。
そして。
耳につけている小さな法螺貝のようなイヤリングに、指を這わせ。
魔力を指先に集中する。
すぐに、法螺貝が輝き始めて。
その奥から、聞き覚えのある男の声が聞こえてきた。
『エモスターク様。エモスターク様。……お呼びでございますか?』
「セバスチァン。吾輩だ」
『はい。エモスターク様。よく聞こえております』
「うむ。ちと、要件がある」
法螺貝のイヤリングには、遠方との通信ができるように魔術が仕込まれている。
はるか遠く。
エモスターク城の執務室にいる、エモスターク王室専属の秘書・セバスチァン伯爵とは、この法螺貝のイヤリングを通して、魔術を媒体にして常に連絡をとることができる。
「つい今しがた。吾輩がいる、このポイントにいた……まぁ……まだ子どもだが、ちょっと可愛い、黒髪の騎士の女について調べたいのだが。吾輩のことを『ロリコン』呼ばわりをした……少々生意気な子どもなのだが。可能かな?」
『……このポイントと申しますと。現在、エモスターク様が立っておられる……川辺の広場周辺、でございますか?』
「その通りだ」
『―――――お待ち下さい。すぐに検索をいたします』
落ち着いた声色で、セバスチァンが答える。
王家の秘書である彼は、非常に有能なサポーター。
気が利くし。
用件を伝えると、何でも完璧にこなしてくれる。
しかも。
エモスターク王のどんな要望にも対応できるような、非常に高度な魔術を使いこなすことができる。
おそらく魔術に関しては。
世界を救った英雄エモスターク王に匹敵するか。
日常で使用する魔術に限定すれば、エモスターク王よりもずっと多くの種類の魔術を心得ている。
『発見いたしました。―――――名は、「コトハ」。年齢は15。……これでは、その子がいうようにロリコンございますよ。エモスターク様』
「黙れ。可愛いのだから良いのだ」
『…………もしかして……惚れられたのですか……エモスターク様……15歳に……』
「可愛いのだから――――構わんだろう。……他に、その……コトハ、という子どもについて、何かわからんか?」
『はい。…………若干……なにやら、気になる点が……ございます』
どことなく神妙そうな声色をして。
法螺貝のイヤリングの向こう。エモスターク城にいるセバスチァン伯爵の声が、少しだけ警戒の色を帯びていく。
『まず。我が国「ウィンタムタム」が保有している魔術システムを駆使すれば……全世界……エオルガンデ中から……王都「タムパラ」の片隅まで。ありとあらゆる人物を検索し……その詳細について調べることができます。――――しかしながら、この「コトハ」という女の子については……他の人物のようには、詳細が出てきません』
「―――――ふむむ。不思議だのう。……単に、壊れたのではいのか?」
『それは違います』
少しだけ、冷淡に。
セバスチァンがシステムの信頼性について、意見を述べる。
『例えば。エモスターク様につきましては。……本日行われました戴冠式にて、総勢30名の若い女性と言葉を交わし。うち27名と、連絡先の交換に成功しております。魔術レターの宛先が書かれた紙を27枚手に入れたことで、エモスターク様の魔術アドレス帳は――――――27名の美女の宛先が選択できるようになっております。間違いはございませんね?』
「うむ、うむ! その通りである! 楽しみなのである!」
白肌と黒い髭が飾る頬を、赤く染め。
今日の戴冠式で交換した、27名の独身美女たちのアドレスが書かれた紙を。
エモスターク王はポケットの中に手を入れて、改めて確認する。
「素晴らしいのである。正確である。それならば。あの……1番若くて、1番気が強そうな……じゃじゃ馬のような、『コトハ』については、どうしてわからんのだ」
『はい。――――職業的には、『騎士見習い』でございますが……』
「見習い? 見習いなのか、あの子ども。その割には――――――この我輩が、立ち上がろうとしても。頭を踏みつけられ、しかも……立てなかったぞ」
『――――エモスターク様が、踏みつけられたのですか? 何故ですか?』
「……まぁ、色々あるのだ」
まさか「プロポーズしたら速攻断られ、そのショックで倒れたところを、踏まれた」などとは口が裂けても言えず。
腕組みをしたまま、エモスターク王は法螺貝と話を続ける。
「問題は、そこではない」
『はい。……エモスターク様が、15歳の子ども相手に本気で惚れてしまうほど……ロリコンであることが問題かと』
「そこも、問題にせずとも良い」
『――――承知いたしました。……では。エモスターク様が「立ち上がれなかった」という点でございますね』
「そのとおり」
フンッ、と鼻息を荒くして。
悔しそうに、エモスターク王は腕組みをしたまま顔を赤くする。
エモスターク王は、世界最強の魔術師として……世界を救った。
その力は、敵勢の魔物の軍隊をもたった一人で制圧し。壊滅させ。
圧倒的な力で、魔物たちをねじ伏せた。
まさに、知性にも長け、腕力も魔力も世界最強レベルの英雄なのだ。
『ロリコンではございますが』
大変失礼な秘書・セバスチァンが付け加える。
「そこは……流してくれぬか……」
『エモスターク様は、紛れもなく、世界最強の力を持ったお方。そのエモスターク様を踏みつけ、しかも立ち上がれないように踏み続ける……その強靭な力は。……我ら「ウィンタムタム」の国民はおろか……全世界「エオルガンデ」の脅威であると考えます』
「―――――うむ。そうであろう。吾輩も同感である」
いつになく凛々しい眉。凛々しい目つきで。
エモスターク王が、腕組みをし。
バナナ型の黒髭を、指で撫でながら。思案をしている。
戴冠式を終え、正式に国王となった――――今。
考えられる、「ウィンタムタム」王国への脅威には。
何かしらの、対策をしなくてはならない。
「ううむ……やはり……方法は、一つだのう」
腕組みをしながら、先程まで「コトハ」がいた川面を眺め。
あの時に目にした、彼女の姿を思い浮かべる。
輝く水面。
舞い散る、可憐な花びら。
艷やかな15歳の美しい黒髪が、風に舞い。
可憐で、どこか儚い……白肌の、美少女。
エモスターク王のほうを見つめ、ニッコリと微笑む。
そんな、妄想をしてしまった。
「ぐぬぬぬ……仕方あるまい。こうするしか、あるまい!」
完全に、顔を真赤にさせ。
鼻息を荒くした、エモスターク王。
法螺貝の通信機でつながっている秘書・セバスチァンに、「国家の危機である!」として――――――命令を下した。
◇ ◇ ◇
「年齢は」
『15でございます』
「名は……コトハだけなのか。家名はないのか」
『―――――ございました。……本名は、「ノノサキ コトハ」のようです』
「……ノノサキ、コトハ。……奇妙な名前よのう。どこの国の出身だ?」
『―――――ニポン、という国のようです。……そのような国は、我が国の魔術データーベースにもございませんが……』
「奇妙な子どもだのう。……ますます、気に入ったわ……。それから……」
腕組みをしながら。
まるで独り言のように、法螺貝の通信機で……秘書のセバスチァンと会話を続けているエモスターク王。
ふと、思いついたことを口にしようとして。
40代のいい年のおっさんながら。
頬を赤くして、尋ねてみる。
「……あの子どもは……騎士見習いらしいが……所属は、どこなのだ」
『――――詳細はわかりかねますが……「チュウガッコウ」という組織に、所属しているようです』
「……聞いたことのない、組織だのう。……その……コトハの……身長は、いかほどか」
『―――――すみません。わかりかねます』
「……こっ、こっ、好みの、男性のタイプは……どのようなものかな」
『――――すみません。わかりません』
「……今、好きな男は、おるのかな」
『――――わかりませんよ、そんなこと』
完全に鼻の下を伸ばして。
目尻を下げ、ニヤニヤが止まらない様子で。
エモスターク王は、バナナ型の髭をなでながら。
去っていった、愛しの美少女のことを想い続けている。
「―――――あの子のことを、徹底的に調べるぞ。後をつけ……住処を明らかにし。出身や好み、好きな男性のタイプなどを……残らず、全て、何もかも……調べ上げてやるのだ。―――――吾輩の妻として、吾輩の色に染め上げてやるまで……。……徹底的に―――――あの子の全てを、知りたいのお。ぐふふふ、ぐふふふ♥」
不気味な。
琴葉本人が目にしたら。
絶対に、鳥肌を立てて―――――「無理」と拒絶しそうな、気味の悪い笑みを浮かべ。
40代のおっさん国王である、エモスターク王が。
中学生である琴葉のことを想い、頬を赤くし。
細長い手足で、クネ、クネと。
体を踊らせ、恋に溺れている。
「ぐふふふ♥ ぐふふふ♥ 狙った獲物は……にぃがぁさぁんぞぉ……♥」
『…………』
法螺貝の通信機ごしに、主人のわがままな司令を聞いたセバスチァンは。
その後、しばらくは連絡をしてこなかった。
◇ ◇ ◇
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