発明と応用

「やっぱり、今夜もお肉にしましょうよ!」

「・・太るよ・・。」


腰ほどまでの長い茜色の髪を揺らしながら歩くシエルと、その左隣にいるのは肩ほどまでの長さの柔らかそうな黒髪を携えたイル。


並んで歩く二人は今晩の夕食の相談でもしているのであろうか、ジークにとって見慣れたこの光景は時を巡っても変わらずにあり続ける唯一のモノであるかもしれない。


太陽の間から二人を追って走ってきたジークは二人の姿を視界にとらえると足の回転を緩め、


「イル!シエル!ちょっと待ってください!」



姉妹の背中に向かって声を掛けた。



廊下に反響した呼びかけにピクリと体を反応させたシエルは軽やかな所作で時計回りに後ろを振り返ると、何やら得意げな表情から、


「何よ。久しぶりに一緒にご飯食べたいの?しょうがな」


「違いますよ。」



早計な憶測をピシャリと断じてみせたジークは勘違いに顔を赤らめながらブツブツと何か呟いているシエルではなく、後から振り向いたイルに視線を投げる。


「イル。以前頂いた呪者の感知器が壊れてしまったようなので見てもらえますか?」


「・・・・」


「明日からの調査でも必要になるので」


「・・・・」


「これです」



無言で真っ直ぐ見つめるという、どちらとも取れるイルの反応を承諾と解釈したジークは懐をごそごそと弄ると、小さな黒い箱のようなモノを取り出した。その中には割れた紫色の鉱石が散らばっていた。


イルは差し出されたジークの掌の小箱を少しつま先立ちになりながらのぞき込むように見た後で、物を右手に取ると、


「・・・魔力を・・・遮断する袋に・・入れないと・・・壊れる。・・なんで・・・入れてないの?」


咎めるような口調でそう問う。


「遮断?・・袋?・・イル、いったい何を。」


寝耳に水といった様子のジークはさしあたりイルの言った言葉を繰り返してみるが、どうにも心当たりがないようで、目の前の黒髪少女に困惑した目を向けた。


それに対してイルは怒っているのか呆れているのか、はたまた何も思っていないのか、感情の読めない淡々とした口調で、


「・・黒い奴・・無いと・・ダメ。」


ジークの瞳をのぞき込むようにしながら、恐らくは黒い袋の外観と思わしき情報を述べるが



「く、黒い袋ですか??」



ジークには未だ見当がつかないようで、なおも困惑したような声を上げる。


二人の間には阿吽の呼吸ののようなモノは流れていないようで、全く持って話が前に進まず、それに対してイルが少しも苛立つ様子が無いから尚更性質(たち)が悪い。


その噛み合わないやり取りの横で、先ほどの勘違いを引きずり顔を赤らめて黙っていたシエルであったが、会話を聞いているだけでもむず痒くなってきたのか、


「もう!じれったいわね!この装置は、呪者の額の刻印と共鳴する物質を核として使ってるんだけど、その物質は至近距離で強い魔力を浴びると割れて使い物にならなくなる。つまり、私たちが携帯する時は、魔力を遮断する袋に入れてないと、力を使った時に一緒に壊れちゃうのよ」


たまらず二人の間に割って入ると、右手の人差し指でイルの掌の箱を指さしながら、まくしたてた。


「ああ、すっきりしたわ。アンタ達、少し合わない間にますます噛み合わなくなってるじゃない」


全てを言い切って晴れ晴れとした表情から、ジークとイルの関係について呆れたように語り掛けたシエルに、


「シエルは物知りですね!そんなこと全く知りませんでした!」


ジークは尊敬の念が滲んだ顔でシエルを見ながら、賛辞の言葉を口にする。


「あ、当たり前でしょ。常識よ、常識!」


ジークにそこまで感心されるのが予想外であったのか、シエルは一瞬気まずそうな表情を見せたがすぐさまそれを隠すように語気を強めると最後には自慢げに胸を張った。


のだが、妹のその様子をジト目で見ていたイルがすかさず、


「・・・シエルも・・壊したことがあるから・・・よく知ってる」


チクリと刺すように指摘する。


「そんな事だと思ってましたよ。感心して損してしまいました」


「ちょ、ちょっとイル!それは言わないでよ!!」


隠された真実の早すぎる露見に得心いったというような様子で微笑むジークと、赤くなった顔を両手で隠すようにしたシエル。


向けられる視線と、視線が向けられているという自身の認識を断つために顔を覆っていたシエルであったが、何か引っかかったのかパタリと恥じらいの所作を止めると、姉の顔を見つめて一歩詰め寄ると、


「って、あの時はアンタが袋を渡し忘れてたんじゃない!」


恥ずかしさと怒りの入り混じった表情で、イルの柔らかな両の頬を引っ張る。


過去の失態を罰されたイルの方はというと、



「・・・・しょうたった・・」



頬をつままれながら、あまりピンと来ていないような返答をするだけだった。



そんな姉妹のじゃれ合いを見ていたジークは右手を顎の部分に持ってきて何か思案していたが、やがて確証を得たように軽く頷くと、



「イル。私も受け取ってませんよ。・・先ほどの説明を受けた覚えもありません」



素直だからこそ、遠慮やオブラートの欠片も無い真実をイルに突きつける。


シエルにつままれていた頬を擦っていたイルはジークの言葉を受けると少し俯くようになり、再び顔を上げた時に、



「・・・・ごめん」



大きな目の端に涙をためながらジークを見つめて、そう一言ポツリと呟いた。


美少女の綺麗な瞳に被る情感の液体は無条件で見たものをハッとさせる不思議な力があり、全く非が無いはずのジークの面持ちにも動揺の色が走る。


姉の涙とそれに連動したジークの表情の変化を見逃さないのはシエルで、


「ああ!ジークがイルを泣かせた!」



言いながらジークの方に詰め寄ると、彼の左肩に右手を置き左手でイルの方を指示(さししめ)して、



「ごめんなさいでしょ?」



まるで母親が我が子に躾をするかのような口調で謝罪を要求した。



「わ、私が謝るんですか?!イルに?」


「問答無用よ!女の子を泣かせておいて謝罪すら出来ないなんて、最低よ」


「・・グスン・・・」


「...分かりましたよ。イル、言い過ぎました。ミスは誰にでもあるものですよね、愚かな私を許してくれませんか」


「・・いいよ・・」


「はい。もうイルのうっかりを責めちゃだめだからね」


「・・・蒸し返して・・・きたら・・・許さない・・」


「こういう時は息がピッタリですよね二人は。・・まあ、いいです。話を戻しましょう」


道理が引っ込み無理が通る状況に困惑を隠しきれないジークから謝罪の言葉を引き出したのはシエルの叱責とイルの取ってつけたような鳴き声。


姉妹の寸劇に多少あきれた様子を見せながらも話を本筋に戻すべく、ジークはイルの手元の黒い箱に再び視線を戻し、



「これを携帯する時には、その黒い袋とやらに入れる必要があるわけですね?」


そう尋ねたジークの目の前で、イルは胸元のポケットに左手を入れると、


「・・そう・・コレ・・・」



黒い巾着のような袋を悪びれる様子もなく取り出した。



姿形について一悶着あった物が当たり前のように目の前に現れた事に、


「持ってたのでしたら、さっき見せ」


「・・・・グスン」


「いや、何でもありません。」


反射的に嘆きそうになったジークはイルが真顔で発した脅迫の言葉の前にどうにか踏みとどまる。



視線で牽制していたイルはジークが口をつぐんだことを認めると、右手に持っていた壊れた装置をポケットに入れ、左手の巾着をジークに差し出した。



「・・これ・・・あげる・・」

「・・ありがとうございます」



巾着を掴むようにして受け取ったジークは手の中に滑らかな布とゴツゴツとした装置の感触を得ながら、少し複雑そうな表情を浮かべる。


この不服はイルの行動に対してではなく、手渡された装置の機能に対してのモノ。


「呪者を判別したい時に一々出すというのは少し・・」


「・・不便だと・・・言いたいようだけど」


「イルがこれを作るまで、刻印を目視する以外に判別できる方法は無かったんだから感謝しなきゃね」


「・・確かに、その通りですね」



呟く言葉に不満の色を滲ませるジークに反論しようとしたイルの気持ちを、シエルが代弁した。



更に、姉に肩入れしたシエルの口は止まらず、



「それに、城門の装置もイルが作ったの、王都の防備が堅固なのはイルのおかげよ。抜けてるところもあるけれど、イルは殺すしか能のない私たちとは違うんだから」



言い切るって、イルの功績とそれに対するジークの無知を強調する。



「わ、分かっていますよ。ところで、城門の装置も理論としては同じなのですよね。という事は、強い魔力を浴びると機能しなくなるのですが?」


「・・言うまでもないけど・・サイズが違うから・・・許容量が・・・全く違う。・・これは携帯できるように・・・設計してるから・・壊れやすい。・・けど・・兵士が持つ分には・・利便性が高い」


「そ、それもそうですね。愚問でしたね、すみません」



たじろぎながらも反撃のつもりでぶつけた質問が看破され、その場で足踏みをするような形になったジークが気まずそうに謝ったところに、



「目の前の敵を斬るだけじゃなくて、もう少し他の事にも目を向けなきゃね、ジーク君」



シエルが意地悪っぽく、年下の子供を諭すような口調で言いながら、ジークの肩を叩いて追い打ちをかける。



「私は約束があるので失礼します!!」


「・・・逃げた」


「久しぶりにジークに会ったから、テンション上がって少しやりすぎたわ」


「・・イルも・・・」



踵を返して廊下を駆けだしたジークの背中を眺めながら、姉妹は呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る