呪われし者


広々とした空間と豪華絢爛な装飾を明るい光で照らすのは、沢山の蝋燭と天井からぶら下げられたシャンデリア。


太陽の間という名に相応しく、日が地平線の向こうに沈んだ今においても昼間の如き明るさを保ったこの部屋の中心では体を丸くした人影が見て取れる。


いわゆる土下座の姿勢を取って緋色の絨毯に額を向けながら、


「陛下!!誠に申し訳ございません!!この私が付いていながら、この二人がとんだ無礼を!!かくなるうえは、私の首を以て!!」


自分たちよりも一段高い位置にある王座に腰掛ける人物に非礼を詫びたのはジークだった。


体勢はもちろんのこと、気持ちの入った声色からも彼が吐いた言葉が上辺だけの陳謝ではないことが伝わる。


 その言葉の目掛けられた先、陛下と呼ばれた、50代ごろとみられる金色の髪の精悍な顔つきの男。この人物こそ、太陽の国アルデミオンの国王フェルナンド4世である。


 ジーク含む3人を見下ろす紅蓮の眼光には驕りは無いが威風堂々たる意志に満ち満ちており、本人にその気がなくとも少なからず相手を圧するだろう。その作用を後押しするように、彼が座る玉座の背後では緋色の布地に黄色の太陽が描かれた国旗が威厳を放っていた。


 見えざる威光の光の中で玉座に収まる王は腰掛けたままで、


「もうよい、もうよい!ジークバルト、お主に死なれて最も困るのは余だ。面を上げてくれ。・・それに貴殿らは王子と並び立つ、正にこの国の希望だ。少々の事には目を瞑らねばなるまい」


相手を讃えながらも諭すような口調とともに、右手で制するようにして忠実な部下を諫める。


 厳格さを体現したような見た目とは裏腹に王が発した声は穏やかで、内包されているのは余裕と寛容。


 地にするほどに下げられていた頭の上に投げかけられた温情の言葉に、


「このジークバルト、陛下の海よりも深く山よりも高いご厚恩に敬服致します!」


ジークはより一層体を沈み込ませるようにしながら低頭する。


 低い位置から発された大それた敬畏の言葉に反応したのはフェルナンド四世ではなく、ジークの後ろで一連の光景を眺めていた四つの青い瞳。


その内の二つの所有者であるイルが意味有りげに隣の妹に投げかけた視線に、頷いて同調の意を示したシエルは前方のジークに一歩歩み寄ると、



「アンタ、やりすぎると逆効果よ」


「・・・うん・・・わざとらしい・・・」


「二人とも!逆効果だの、わざとだの、何を言ってるのか分からないですが、陛下の前ですよ!私語は慎んでください!!」


「あー、本当に真面目過ぎて、もはやバカ真面目ね」


「・・・冗談とか・・・理解できないタイプ・・・」


「シエル!また、何を言っているかわからなかったですが、バカと言ったのだけは分かりましたよ!流石に看過できません!それとイル!!普段からそれぐらいの感じで喋ってください!!」



そもそもは姉妹の行動がジークの謝罪の発端となっているのだが、それを棚どころか亜空間に投げ捨てて、連携して責め立てるイルとシエルに対して口撃を受けたジークは土下座の姿勢のまま顔だけを二人の方に向け応戦してみせる。


陛下の前と言いながら、姉妹との言い合いの中で誰よりも起きな声で場の空気を乱すジークから発せられるのは他ならぬ天然の息吹。



喧騒の外から三人の騒がしいやり取りを鋭い眼差しで眺めていた王は握った右手を口元に持っていくと、


「ゴホン。・・よいかな」


やはり眼光の鋭さには見合わない、古典的で温和な方法で場の主導権獲得を伺う。


真面目ながらも天然で失礼を働く可能性があるジークについては断定できないが、自由奔放に振舞う姉妹の態度から、王と三人の関係はただの主従関係ではないというのが 察せられる。


それを聞いたジークはすぐさま立ち上がって姿勢を正すと、


「申し訳ございません!陛下!なんなりと!」


先ほどまでの稚拙なやり取りとは別物の、まるで芸を仕込まれた犬のように反射的にそのような態度をとった。


その背後で、何事もなかったかのように澄ました顔をしているのはイルとシエル。


何はともあれ、場の空気が整ったことを確認したフェルナンド四世はフェルナンド4世は右手を玉座のひじ掛けに戻し、


「人払いをして、諸君らだけを集めたのは話しておくべきことがあるからだ。・・・皆も分かっているであろうが、呪者達が起こした大地震とそれに伴う魔族の出現から明日で1年になる。呪者を頭領に置いたヴァンダル王国を中心に組織された西方連合を相手取っていた我々に、地震で生じた亀裂からの魔族の襲撃は脅威であった。前途は正に多難であり、この太陽の国の存亡すら危うかった。王子リアム、貴殿らスペラーレ、そして勇猛な太陽の兵団。皆、本当によく国に尽くしてくれた。王国周辺の魔族の大半が取り払われ、アルデミオンには再び太陽の光が当たっておる。今日、この国があるのは貴殿らの尽力の賜物であると言って相違ない・・・南に向かった王子が戻り次第、西方連合に総攻撃を仕掛ける。スペラーレの諸君には兵を率い、国を落とす心構えをしておいて貰いたい」


先程までの優しげな声からは一変、重厚な重みのある声で演説をした王は反応を待つように眼下の三人を誰となく眺める。


その瞳に映された太陽の間では様々な情報が含まれた王の言葉が紡ぎ終えられてから数秒の沈黙が流れてから、


「・・陛下、遂に決着をつける時が来たのですね!!西方に巣食う呪者達を滅ぼし、大陸に安寧を取り戻す。3年に渡る任務を、ようやく全うできます!」


体を震わせるようにしたジークが意気の籠もった声を上げ、


「まあ、正直ちょっと拍子抜けだけどね。今まで殺してきた呪者達は大したことなかったし、魔族はそれ以下。もう少し手ごわいのを期待してたんだけどな」


それに続いたシエルの口から出たのは不満。


自身の抱いたものとはベクトルの異なる心情を表したシエルに、驚きの表情を浮かべたジークは背後を振り返り、


「シエル、何を言うのですか!私たちは勝利を約束された太陽の軍に在って、力を授かった者です。敗れる道理などあるはずもありません。それに万が一にも私たちが敗れるという事は、それすなわち民に被害が及ぶという事。めったなことを言うものではありませんよ。」


「・・ジーク、私もそう思う、、でも、、シエルの言うことも少し分かる」


「魔族にはまだ秘められた何かがあるということですか?」



同調の意を示しながらも含みをもたせたイルの言葉にジークは問いかける。



その抽象的な問に口を開いたのは三人の言葉に耳を傾けていた王で、


「うむ、確かに伝承にある魔族とは見劣りするのは否めない、常に最悪のケースは想定しておくべきだあろうな。・・呪者達を滅ぼしたとて、魔族たちが出入りしている亀裂が閉じる確証は無い。故に、呪者という後顧の憂いを早急に断ち、魔族への対処に全力を投じる事の出来る体制を整えておく必要がある」


戦略を整理するようにゆっくりと、しかしはっきりとした口調で論じた。


二手三手先のことを考える王の采配に、


「流石陛下です、そこまで考慮なされていたとは。」

「当然だ、私に出来るのは諸君らの力を余すことなく発揮できる状況を作ることだけ」


ジークの賛辞の言葉に王は慈しむような目線を三人に向けながらそう言うと、続けざまに


「ジーク、そのためにも王子が戻ってくるまでに今一度、西方の斥候を行ってもらいたい。」


穏やかな声色で命令を下す。


その言葉でジークの脳裏に呼び起こされるのは早馬で報告を受けた西方での事件。


完全防備をしていた兵士が殺されたという不穏な知らせを思い出しながら、応答すべく口を開き、


「はい。数日前に観測された魔力の調査ですね」

「うむ、王都に近い位置での魔力の観測は多少気がかりだ。・・・近場で武装した兵士の死体が見つかっている以上、呪者でまず間違いはない。こちらの総攻撃の際に王都を強襲するつもりやもしれぬ。・・ソレイラの呪者への対策は盤石ではあるが、万が一という事もある。警戒して損は無い」

「承知致しました。・・・陛下、その調査に際しましてラルフという10番隊の隊長を共に連れていきたいのですが、宜しいでしょうか?彼のたっての願いで、是非陛下に進言をと言われまして」

「おお、ラルフ隊長か。あれは剛毅な男だ、頼りになる。無論、許可しよう。3日ほどで調査を済ませて、王都に帰還して貰いたい。」

「万事了解致しました。早速、明日の早朝に出立いたします!」

「頼むぞ」



ラルフに頼まれていた調査への帯同の許可を取り付けたジークは一層意気のこもった返答をした。


ジークへの下命を終えたフェルナンド四世は視線を隣に移し、


「シエルは王都で待機。急な魔力反応があれば、それへの対処を頼む」

「はーい、了解しましたー」


言い渡された命令にシエルは退屈さを隠せていない、いや隠す気すらない返答をし、


「イルには、各城門の設備の確認を頼みたい。何度も済まぬが、やはりイルが最も信頼できる。」

「・・・はい・・。」


イルはいつも通り感情の読めない了承をする。


それぞれの特徴が顕著に現れた応答の仕方はいつものことなのだろうか、特段期にする様子も見せない王は今一度三者を見回すようにすると、



「では、そういうことで宜しく頼む。」


そういうと玉座から立ち上がった。


3人はそれに合わせて、右手を胸に当て頭(こうべ)を垂れる。これは王の御前でのしきたりであるのだが、シエルは早々に済ませると隣のイルに


「さあ、イル。晩御飯を食べに行きましょう。私、お腹ペコペコ!」


声を掛けて姉の腕を掴むと、茜色の長い髪の毛を翻(ひるがえ)して出口の扉に向かって行ってしまった。


「全く、あの二人は」


二人よりも深々と礼をしていたジークの口から溢れた嘆息に、



「ジークよ。帰還早々、呼び出して済まなかったな、お前には苦労を掛ける、だが、もうしばらくの辛抱だ。全て終わった暁には、その労を労わせてくれ。」


玉座から階段を下ってきた王が労(ねぎら)いの言葉をかける。



「お気になさらないでください。・・我々の命は陛下に拾っていただいたもの。このジーク、陛下の為、国の為に犬馬の労を惜しみませぬ。」


「そうか、相変わらず頼もしい限りだな。だがな、私はお前の事を王子と同じく、実の子のように想っている。あまり無理をするなよ」


「陛下!勿体なきお言葉にございますが、王子と同じくなどとはあまりにお戯れが過ぎます。私はただ国に尽くす者であり、それ以上でも以下でもありませぬ。今はただ、十五年前の思いを果たすために身を粉にして為すべきこと為すまでのこと。ご心配は無用でございます。・・・では、明日の事をラルフ隊長に伝えに行きますので、失礼致します!」


王からの寵愛の言葉にジークは表情も言葉も崩すことなく、その若さには見合わないほどの謙遜と厚い忠義の言葉を紡ぐと、まるで逃げるかのように一礼をして、イルとシエルの行った道を追っていった。

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