多弁と寡黙

辺り一面見渡す限りに人が溢れ、食材を買い求める親子から壺を眺める商人まで、多種多様な人々が道を埋め尽くさんとしている。


ここは、大きな円形の中心に城が位置するように設計されている王都アルデミオンの八本の大通りの一つで、最も人通りの多い正門から城に伸びる道。故に、最も活気に溢れ、最も混雑している、アルデミオンの反映の象徴とも言える場所だ。


「すみません!皆さん!通ります!」


夕刻時、その通りの真ん中で馬上から発されたのはジークの声。


先程まで人の間を縫うように進んでいた彼の馬も人口密度が一段階上がったこの状況では思うように動けず、いつの間にやら迫っていた背後からの人並みも相まって城への道のりは険しい様相を呈す。


城への経路の選択を誤ったジークは喜ばしいやら、困っているのやら、


「久しぶりだったので、この時間は混雑するという事を忘れていました。商業が活発なのは素晴らしいことですが、迂回しておくべきでしたね」


微妙な表情を浮かべながら独り言ちた。


馬に跨り、群衆の中で一人浮いているジークの横顔に


「ジーク様!!これ持ってって!!」



通りの両脇に所狭しと並ぶ商店の一つの女店主から声が掛かるともに、リンゴの詰まった袋が投げられる。


人々の頭をかすめるように飛んできた袋を手綱から離した右手で器用にキャッチすると、


「ありがとうございます!!いつも、すみません!」



ジークは律義に頭を下げながら礼を口にした。


スムーズなコミュニケーションと感謝の言葉から、一連のやり取りは恒例行事と化していることが分かる。大陸の治安維持に貢献し、間接的に商業の発展を援助している兵士たちに対するお礼という訳なのだろうが、ジークたちスペラーレは特殊かつ目立つために過剰なほどの感謝を受けることが度々。


ただでさえ注目されがちなものを往来で立ち往生ということになっているこの状況で、案の定と言うべきか、


「ジーク様!久しぶりだねえ!うちのも持ってって!」

「この愛国心の塊め!!持ってけ!!」

「他のスペラーレの皆様にも!!」


女店主とジークの言葉の応酬を聞きつけた店の先々から声が上がる。


投げて渡すシステムで肉に野菜に装飾品まで様々な物品を受け取り、最初は満面の笑みで受け答えしていたジークであったが、やがて両手に収まるかも怪しい量になってきた頃に流石に焦ったようで、



「皆さん!!本当にありがとうございます!!・・・・通してくださいーーーい!!!」



遠慮がちに叫んだ声が市場の喧騒の中に飲み込まれていった。



______________________________________________





白を基調とした三本の見上げるほど高い尖塔、中央の塔は一際高く、正に太陽にまで届かんばかりである。左右の塔の中腹にはそれぞれ中央の塔と繋がる通路が通されており、行き来が可能になっている。




この建造物こそが王都ソレイラの象徴にして、太陽の国アルデミオンの王宮にして中枢であり、王の威光そのものである。




今、この威光の足元には大量の荷物を持って額に汗した黒髪の青年がいた。



_____ドシ・・ドシ・・ドシ・・ドシ



階段を上るごとに聞きなれない音を出しながら、彼は城の正面玄関を目指している。



既に城正面の門を抜け、随分と長い間、ジークは横幅の長い階段を上がってきていた。ここに兵士が並ぶと荘厳な光景になるのだが、重い荷物を持って一人で上る際には何らの作用もせずに辛いばかり。


一歩踏み出すごとに衣類の上からでも分かるほどに筋肉を働かせるジークは薄く口を開き、


「・・トレーニングだと思えば・・・もう・・少しです・・フン!」



最後の段に右足を着くと、力強く踏み抜いて左足を引き上げた。



ようやく平坦な地に足を着いたジークは両手を膝に付きながら、ゼエゼエと肩で息をする。


パンパンの荷物を背に息を切らせたその姿は数時間前に人間を凌駕する凄まじい筋力を見せた者とは別人と言っても良いレベルで頼りがいがない。



「ジークバルト様!?大丈夫ですか?・・その荷物は?!」



大荷物を背負った人影を認め、走り寄ってきた城正面の警備兵を、



「・・ハア・・ハア・・ビル殿・・大丈夫です。・・これは城下町の方々に頂いたものです。それよりも、イルとシエルの二人はどこにいるかご存知ですか?」



右手で制し、息を整えるようにしてから返答したジークは先ほど城門で告げられた二人の名を出して尋ねる。


言われて得心がいった様子の兵士は姿勢を正すと、


「そうでした、お会いするのも御久しぶりでしたので失念しておりました。お二人は東塔におられるかと!!」


「分かりました・・どうもありがとうございます」


敬礼の姿勢を取ったビルに礼を言ったジークは上体を起こして城の中へと歩き始めた。


その視線の先には上階へと続く長い階段が見えており、ジークの肉体を虐めようと待ち構えている。



「お気をつけて!!」



兵士は民からの期待を一身に担っている象徴ともいうべきジークの後姿に、そして再び苦難に挑もうとする一人の生真面目な青年の背中に対して敬礼を送った。



___________________________________________


十数分後、東塔の3階部分、緋色の絨毯が敷かれた長い廊下の端に位置する扉の前に青年の後姿があった。


相変わらず荷物を背負っているジークであったが、異なるのはその量。


城に入る頃に背負っていた総数を100とするなら今は30ほどであろうか、減量に伴って彼の足取りも軽やかになっており、小躍りでも始めそうな妙な高揚感を発している。


その高揚は筋肉の動きだけでなく、精神面にも波及しているようで、にこやかな笑みを浮かべたジークの口元から、


「フン♪フフンフン♪フッフフン♪」


不規則なテンポで音符が躍り出ていた。


若干ドーピング気味のテンションのまま、両開きのドアのそれぞれに両手を重ねたジークは体重を乗せて押し込むようにしてドアを開いた。



_____バタン!


威勢のいい音を出して開かれた扉の先には小部屋程度の空間が広がっており、壁に沿って本棚がいくつか並べられている。


その小さな図書室の右斜め橋に置かれた座り心地の良さそうなソファーの上から、


「キャッ!」


一冊の本を膝に置いてうたた寝していた少女がドアの開く音に小さな叫び声を上げた。


気持ちの良い睡眠を邪魔され、膝から滑り落ちかけた本を右手ですくい上げた茜色の髪の少女は怪訝そうな色を帯た瞳で入り口を映す。


その青色の瞳に反射したジークは無垢な少年のような笑顔で、


「シエル!ここに居るだろうと思っていました!!ジークバルトが今戻りましたよ!!」



明らかに平常時とは異なるテンションで元気一杯に少女の名前を呼んだ。


基本的には誰に対しても丁寧な言葉と姿勢を崩さないジークが呼び捨てにしたのは蒼い瞳に茜色の髪を携えた少女で、年のころはジークと同じ十八歳ほど。



寝起きには少々耳に触る声を放つ存在を前に、シエルと呼ばれたその少女は大きな目を眠そうにパチパチさせつつ、少し乱れた長い茜色の髪を整えると、


「・・誰かと思ったらジーク。急にやめてよ、ビックリしたじゃない!・・・それに、またそんな大荷物で、少しは断ることも覚えなさいよ」



呆れたと言わんばかりの口調で、背負われた荷物に目を向ける。



シエルの口ぶりから既視感のある光景なようで、否定的な言葉を投げかけられた方も特に反応せずに自らの背後の荷物を半身で確認すると、



「いえ、民の善意を無下にするなど私にはとても出来ませんから!!それにこれでも、半分は私の部屋に置いてきたんですよ。シエルたちにも上げてくれと言われた物を持ってきました!どれか欲しいものがありますか?ありますよね?!」


誇らしそうにしながら、商店の名前が刺繍された白い袋を背中から降ろしたジークは中身をシエルの方に見せながら嬉々とした表情でまくしたてる。


気勢がおかしいことも作用しているのだろうが、シエルに対するジークの態度は街の人々や兵士たちに対するモノとはことなり、二人の間に流れるのは子供同士のじゃれ合いのような雰囲気。


自身に向けられたキラキラと輝く瞳とは真逆で蔑むような濃い拒絶の籠った表情を作ったシエルは、入室から今に至るまでのジークの行動について、


 「何も要らないわよ。あと、自分に敢えて負荷をかけてそこからの解放でテンションを上げるってそのやり方。とても健全だとは思えないから止めた方がいいわよ。ちょっと気持ちが悪いわ」

「き、きも?シエル!何て酷いことを!」


バッサリと切り捨て、無意識のうちに結果的にテンションをバグらせていたであろうジークに強い言葉で動揺を与えた。


揺らぐ抗議の声を上げたジークであったが、自らの行動を思い返してみたのか、


「・・でも、気を付けます」


力なく反省の言葉をこぼしたところに、



「・・それにまた魔力使わないで、自力で運んできたのね。相変わらず堅物よね」



またしても習慣化している行動を指摘したシエルはなじるような口調で言い切る。



堅物という言葉に反応したジークは少しムッとしたような表情になると、


「堅物とは何ですか!もしもの時の為に魔力を温存するように、とは陛下の言いつけですよ!・・シエルこそ、少しは自重してください!先日は王都内で空間転移までしたと聞きました!明らかにやりすぎです!」


「いいじゃない、あの日は歩くのも億劫だったのよ。それにやることはやってるんだし、陛下にも特に何も言われてないんだから、黙認されてるって事よ」


「歩くのも億劫なんて事がありますか!そもそも、シエルは昔から」


「ああもう!うるさいわね!・・そうだ!ジークが戻ってきたら太陽の間に来るようにって陛下に言われてるのよ。アンタも聞いてるでしょ?」




過去を掘り返しそうとし始めたジークを引き留めるべく、シエルは命令をもってして切り返した。


優先すべき事を言われて思い出したジークは驚いたような焦ったような表情になると、改めて部屋の中を見回してみて一つの事実に気が付く。



「そうでした!!・・ですが、イルの姿が見当たりませんよ」

「・・今日は見てないわね」

「姉妹なんですから、お互いの居場所ぐらい把握しておいて下さいよ・・これ以上陛下をお待たせするわけにはいきませんし、二人で探しましょうか」


顔を青くしたジークの提案した方法に対して、シエルはソファーに座ったまま足を組むと、藍色の瞳で目の前で狼狽する男を見据え、



「探すって言ってもね・・イルは知っての通り無口で基本動かないから、この広大な城の中を探すのは大変よ。魔力使えば、サイズ感から探知できると思うけど。・・でも、堅物のジークが一緒だから歩いて探すしかないかもね」



意地悪っぽい笑顔を浮かべながら、先ほどの事を揶揄するように言ってのけた。



揚げ足を取られるような形に追い込まれたジークは少しの間バツが悪そうにシエルを見ていたが、観念したようで、



「ウゥ!これはもはや緊急事態です!!致し方ありません!」



心の迷いを振り切るべく握りしめた拳を突き上げる。



「アハハ!それでいいのよ。・・じゃあやるわよ」



ジークの態度を見て満足げに笑みを浮かべたシエルはソファーから立ち上がりスカートを直すと、目を閉じ右手を胸の辺りに持っていき、



「インテラ!」


魔法の文言を口にした。


ジークの肩ほどの位置で言葉が呟かれた刹那、シエルの体から発されたのは魔力の波動。


静かで素早い見えざる波は一瞬にして城全体をその監視下に入れ、範囲内の物体を吟味する。


全身をサッと撫でられるような微かな感覚を覚えてから数秒時を置いてからジークは口を開き、


「どうでしたか?」

「太陽の間にちっちゃいのがいるわね。多分これね」


問いに対して、シエルは対象の特徴からの推測で返答した。


集うべき場所に目的の人物がいるという結果に、


「もう先に行っていたのですね。相変わらずイルの行動はよめませんね。私たちも行きま・・」


力の抜けるような無駄な気疲れをジークがシエルに声をかけようとした時、二人の視覚を反応させたのは何の前触れもなく目の前で起きた光の発光。



どこか優しさを帯びた青の輝きが空間を覆ってから数秒後、ジークとシエルの双眸が薄れゆく眩さの中で捉えたのは黒髪の少女の姿。



上空十数センチに姿を現した、シエルよりも一回りほど小さい少女は艶やかな黒髪をなびかせながら、軽やかに地に足をつける。


のんびりと小部屋を見回すようにした少女は吸い込まれそうな程に澄んだ藍色の瞳を眼前の二人に向けながら、



「・・・二人とも・・・遅い・・・待ってた・・・のに・・」



少しモジモジしたのちに、細く可愛らしい声でゆっくりと言葉を紡いだ。


個性が凝縮された少女の振る舞いにシエルはやれやれといった風に笑い、


「・・・・だから、無暗に魔力を使わないで下さーーーい!!!」


ジークの口から発されたのは部屋中にこだまする悲痛な叫び。

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