兵士

なだらかな隆起はあるものの広々と周囲を見渡せる平地を進むジーク達は先ほどの村の人達を載せた馬車を中心にして、円を作るように陣形を組んで街道を進んでいた。


既に日は暮れかかっており、夕暮れの穏やかなオレンジ色に照らされた一行の前方数キロ先には王都ソレイラの高い城壁の一部を見る事ができ、到着はすぐそこまでにまで迫る。


集団を先導し、王都の堅牢な壁の一角を眺めるようにしていたジークは横で馬を操るラルフへ顔を向けると、



「ラルフ殿。どうにか日が暮れる前に王都に戻れそうですね。」

「はい!比較的に近場でしたからな!幸い犠牲者もいませんでしたし、今のところは魔力探知機にも反応はありません!今日はこの方たちを王都に送り届ければ終わりですかな!」

「そうなりそうですね。・・ラルフ殿も久しぶりに家で過ごせるのではないですか?ここ数週間は激務でしたからね、家の方々はさぞ待ちかねていますでしょう」

「だといいんですがな!家を空けすぎると娘は私の事を忘れてしまうかもしれませんから、そろそろ顔ぐらいは見せておきたいですな!ガッハッハハ!」



白いひげを揺らしながら発された豪快な笑い声が平野をそよぐ風に乗って響く。


妻子あるラルフや兵士たちには数週間ぶりの王都はまさに待ちに待ったものであり、心躍る気持ちは容易に察することが出来た。



馬上で空を仰ぐようにして声を上げていたラルフはその王都に帰還するという話題から連想したのか、ふとジークに視線を戻すと、



「ジークバルト様はどうなさるのですか?久しぶりの休息ですかな?」


激務を共にしてきた戦友に王都での予定を尋ねる。



ラルフの何気ない言葉に対して、先程まで楽しげに会話を楽しんでいたジークの表情は少し深刻そうな色を浮かべると、


「・・いえ、次は西方に行くことになると思います。ここ一週間ほど断続的な魔力の観測、そして、3人の兵士が遺体で見つかったと報告が届いています・・恐らくは混乱に乗じた呪者による犯行でしょう。それの調査及び討伐に出ます」

「何と!休息も無しに次の任務ですか?!その愛国心には全く頭が下がるばかりですが、流石のジークバルト様といえどお体に堪えるのでは?」

「体の疲労については我々は魔力でいくらかはごまかせますから、多少の無理が利きますし・・・それに国に拾われた命です、国の為に捧げるのが道理かと」


絶え間なく任務に追われる状況を悲観するわけでもなく、自らの役目について淡々と持論を語った。


国のために命を捧げる、二十歳そこそこの青年が口にするにはあまりに重い言葉で、戦場に身を置くジークが口にしたからには文字通りの意味を持つことになる。


会話を終え、けろりとしているジークとは対象的に、さも当たり前の事のように呟かれた最後の一言を聞いたラルフは顔を俯かせ、大きな体を小刻みに震わせるようにしていた。


何かを堪えているように見える、ラルフの突拍子もない行動に、



「あ、あの。・・ラルフ殿?」



反応に困ったジークが恐る恐る様子をうかがうように隣の髭面を覗き込みながら言葉をかけると、



「ジークバルト様!!決めました!!私もその西方の調査にお連れください!!ジークバルト様が奔走為されているときにのうのうとしているわけにはいきませぬ!!」


関を切ったように言葉を吐き出し、勢いよく顔を上げるラルフ。


若人の言葉に感化されたのか、熱のこもった瞳にはうっすらと涙が滲んでいるのが見て取れた。


情に厚く涙もろい大男から確かな決意の視線を向けられたジークは突然の提案に対してまごつく様子を見せると、


「・・お気持ちは嬉しいですが、陛下に指示を仰がない事には何とも。それにラルフ殿は流石に休息を取らなければ体がもちません」

「何をおっしゃいますか!従軍20年!幾たびも強行軍を経験してきました!!それに、私の国を想う気持ちはジーク様に引けを取りませぬ!!何卒、陛下にお口添えを!!!」

「・・・お気持ちは分かりました。ラルフ殿が一緒であれば私も心強いです、陛下に提案することを約束しましょう」



どうにか昂ぶりを抑えようと試みたのだが、結局はラルフの熱意に押し切られる形になり、最高権力者に意見を仰ぐという言質を取られてしまう。


どこか嵌め込まれた感が否めずに微妙な表情で首をかしげるジークの横で、


「ガッハッハ!やはりジークバルト様は義を重んじる御方ですな!どこまでも付いていきますぞ!」


発されたのは心底楽し気で信用の色が滲み出たラルフの声。


押しに弱いジークを手玉に取るようにしてみせた彼だったが、根底にあるのはひたむきで真っ直ぐなジークに対する信頼と信認であることは間違い無いのがこの声から感じ取れる。



十五歳近くも年齢の離れた二人が年甲斐もなくじゃれ合っているうちに、一行の眼前には口を開いた巨大な城門が姿を現していた。


_________________________________________

ジーク達の隊列が王都の玄関口を通過しようとした際、


「ジークバルト様!!ラルフ隊長!ご苦労様です!!」


城門を警備している4人の兵士が敬礼をし、そのうちの一人が労いの声を張り上げた。



久しぶりに聞く番兵からの言葉にジークは馬上から右手を軽く手を上げて答えると、



「お疲れ様です!村の方々を保護してきました!バートさん、この方々の案内を頼みます!!辛い思いをなされました!丁重にもてなしてください!」



後ろの馬車の方に半身を向けながら、丁寧な口調で兵士に指示を出す。



人外の化け物によって家を失った彼らの心のケアと生活の再建の面倒を見ることも王都の重要な役目の一つで、それが出来るだけの財力と胆力があることがアルデミオンが大陸最大の領土を保有する理由でもあった。


ジークから名指しで命令を授かったバートは明らかにテンションが上がった様子で、


「了解致しました!!・・ジークバルト様!陛下から言伝を預かっております!戻り次第、イル様とシエル様と共に太陽の間に来るように。とのことです!」

「分かりました!!」


折返しで命令を伝えられたジークは了承の声を上げると、


「では、ラルフ殿。陛下への進言の件、確かに」

「お頼みいたしますぞ!!」


左隣の戦友と先ほど交わした約束について確認する。



念押しするような口調でラルフは分厚い胸板ごと倒さんばかりに深々と頭を下げたのだが、ゆっくりと顔が上がってきたところで、



「・・それとは別に、日頃の今夜我が家で食事でも如何ですかな?夕食まではまだ時間がありますから、妻と腕によりをかけて料理を作りますぞ!・・当然、宮廷の料理には遠く及びませんので、もちろん宜しければですが」



そのように切り出しすと、まるで懇願するように小動物のような目をしてジークの方を見つめてきた。


今日だけで二度目となる唐突な提案に馬上で少し身じろぎしたジークは困惑しながらも、面前の人物の太い眉毛の上の大粒の汗から、この誘いをかける機会を待っていたということだけは察する。


が、意図が読み取れないという部分に関しては何も解決していないので、少し思案する様子を見せてから、



「ラルフ殿、お気持ちはありがたいですが、。久方ぶりの家族水入らずの食卓に私が入ってはご婦人や娘さんはいい気持ちはしないはずです。家族の団欒を邪魔することなど出来ません」



切り返すジークが口にしたのは常識かつ全くの正論。


例え亭主が良くとも、彼の家族が数週間ぶりの家族の一時を邪魔されたくないであろうという推察は至極全うで口を挟む余地はないほど堅固に思えるが、今日のラルフの頭に退くという言葉は無いようで、


「邪魔などと、何をおっしゃいますか!!私も含め、この国の民は全員、貴方様と食卓を共にすることを夢見ているのですぞ!!」


少し言い過ぎではないかという規模の話を持ち出し、鼻息荒く誉めたてる。


わざとらしい程の賛辞にも、年上の人間にそこまで言われては無下にするのも非礼と感じてしまうのがジークの性分なようで、


「大げさすぎますよ・・ただ、ラルフ殿にそこまで言わせておいて断るというのも忍びないです。..今晩、ごちそうになっても宜しいですか?」

「ガッハッハハ!もちろんです!!心待ちにしておりますぞ!」



最終的には先ほどと同じように丸め込まれる形になり、ジークの礼節を重んじる性格をよく知るラルフの作戦勝ちという形になった。


先程のことに加えて、やはり何か腑に落ちずに馬上で首をかしげ、


「先ほどからラルフ殿に丸め込まれている気がしないでも無いのですが・・・」

「何をおっしゃいますか!ジーク様、そんなことよりも陛下がおよお待ちなのでは?」


疑惑をこぼした無垢な青年にラルフが打ったのは仕入れたばかりの誤魔化しの一手。


「そうでした!では後ほど!」


優先事項を呼び起こされたジークは手綱を握り直すと、城下町へと馬を走らせた。

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