第58話 お客さま



 母親が出掛けた後、家にある人物が訪ねてきた。ある人物とは真也だ。制服のままなので部活が終わった後そのまま僕の家に来たようだった。

 連絡もなしに来ることはよくあるのでそれには驚きはしなかったが、部活後にそのまま来るのは珍しい。


 そんな真也と僕は部屋で向かい合って座っていた。僕は自分の机の椅子、真也はベットだ。


「真也、お疲れさま。部活後は疲れて動けないとかいつも言っていたから今日いきなり来て驚いたよ。まあ、今日のことを早く話したかった……ってところかな?」


 僕はそう真也に告げた。すると真也はすこし困惑した顔をしながら


「ああ、まさにそのとおりだ。おかげで今日は部活にも身が入らなくて怒られてばっかりだったよ」


 とそんな不安定な気持ちになっていると僕に告げてくる。


「僕に関しては気にしなくて良いんだって。もう吹っ切れているからさ」


 そんな真也に僕は素直に今の今井さんへの気持ちについて再度告げると


「ああ、もうそれはわかった。たださ、夏樹の恋愛を俺が壊していたんだと思うと……」


 と真也は少し落ち込んだ様子で僕にそう伝えてきた。


「もうそれは仕方ないさ。好きになる人なんて選べないんだから。はっきり言うけど2度目の告白をする前から僕は今井さんが真也のことが好きだって気付いていたんだよ。でも、それでも好きだったから告白した。振られることはわかっていてね。それに僕は真也のことを嫌ってもいないし僻んでもいない。真也は良いやつだってわかってる。だから今井さんが真也の方を好きになったって仕方ないんだって。もうそこは気にしないでよ。僕が吹っ切れてるのに真也が悩んでも仕方ないよ」


 そう言った後、僕は真也を迎え入れるときに持ってきていたお茶を一口飲んだ。


「ああ……わかったよ。それと俺、春が俺の事好きだなんて気付いてなかったんだよ。はははっ夏樹が気付いていたのに俺が気付かないなんて珍しいよ。多分夏樹が春のことを好きだって知っていたから春のことを恋愛対象として全く見ていなかったせいなのかなあ」


 そう真也はほんやりとした視線を天井に向けながらそんな事を僕に言った。まあ、確かに僕が気付いて真也が気付かないとか珍しいことだった。そんなことを考えると僕はどんだけ鈍感なんだとまた思ってしまって少しおかしくなってしまう。少し笑い気味の僕に


「ん? どうした? なにかおかしかったか? 」


 真也は不思議そうに僕に問いかける。それに対して僕は


「いや……今の話を聞いても僕って本当に鈍感なんだなあと思ってね」


 と真也へと告げるのだった。




 そばらくふたり沈黙した後、先に真也が口を開ける。


「もう言っちゃうけどさ。俺、春の告白の返事まだできていないんだよ」


 真也は告白されたけれどもまだ返事ができていないと僕に伝えてきた。ん? 只野さんのパターン? なんなんだろね? そんな僕が不思議そうにしているのがわかったのだろう真也は


「春に言われたんだよ。うーーんと、夏樹にも言っていなかったけどさ。俺、好きな人が居るんだよ。けどね、春はそれがわかっていたみたいなんだ。誰とははっきり口に出さなかったけれどね。そして春が言うには「今は返事はいらない。俺が好きな人に告白して上手く行ったら諦める。不吉な話で申し訳ないけれど……もし上手く行かなかったとしたらその時は好きじゃなくていい、少しずつでいいから私も見てほしい」って言われてね。返事はその後に欲しいって言われちゃったわ。でもさ、これって俺に都合が良すぎるよなあ」


 ここで僕の知らない情報が飛び交っていった。真也にも好きな人がいたのか。はははっ鈍感な僕には全然気付かなかったよ。今井さんはわかっていたんだなあ。やっぱり好きな人のことってよく見るようになるのかなあ。さすがの僕でも今井さんの好きな人のこと気付いたしね。そして……今井さんもすぐに諦めるんじゃなくて、時間をかけてみて今井さん自身を見てもらおうといろいろと考えたんだろうなあ。僕のせいで真也は今井さんのことをそういう対象として見ていなかったのだから。


「うーーん。今井さんがそう望むのなら僕は何も言えないかな? とりあえず僕も真也に好きな人がいるって今初めて知ったし」


 僕はいろいろと考えながらも真也にそう言葉を返す。そして


「ただね。頼みはあるかな? もう僕のことは考えないで今井さんのこと考えてよ。今日も今井さんに怒ってくれたことは僕も嬉しかったよ。でもね、もう僕は諦めた。吹っ切った。そしてね、僕は今井さんのことを嫌っちゃいない。嫌っていたらまた一緒に時間を過ごそうなんて言わないから。まあ、真也が先に好きな人に告白するのが先になるんだろうけどね」


 と僕は少し微笑みながらそう言うと、真也は


「それも難しいんだよなあ。はあ……なんか夏樹の気持ちが…わ…るな」


 と聞き取りにくい言葉でひとり呟いていたのだった。

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