第21話 「だいっきらい」だったってさ



 僕は自宅へと帰りながらアキとの別れ際のやり取りを思い出していた。


 アキの自宅は普通の家だった。小説等で起こるようなお金持ちの娘とかじゃなくてよかったなんて考えた僕は馬鹿なんだろう。

 さて、玄関前で別れようとアキに挨拶を発しようとした僕より先にアキは


「お母さんに顔を見せてってよ? 」


 なんて事を僕に言ってきた。あれ? なんかおかしくない? 

 アキ? 僕たち付き合っているわけじゃないんだよ? なんであなたはそんなに先に行きたがるの? 

 流石に心の準備なんて出来ていないのに……いやそんな段階じゃないって。訳がわからなくなりながらも出来るわけ無いと僕は


 「……また今度、ね」


 となんとか誤魔化していた。そんな困惑を隠しきれない僕に


「ふふふ。わかった。でもね、きちんと「また今度」って言葉ちゃんと聞いたからね。また今度に会ってもらうから覚悟しといてね? 」


 と笑いながら僕に告げてきたのだった。



 

 アキと居ると本当に不思議な感じだ。僕はそんなおしゃべりな方じゃないよなあと思っていた。けれど今日アキと僕の自宅でただ会話をして過ごしたんだ。ほとんど途切れることもなく。それはアキがよく話しかけてくれたというのはあると思う。そしてお互い知り会ったばかりだから知らないことがたくさんあることは確かだ。けれど普通そんなに会話が続くものなのか? なんて思ってしまう。

 それにアキはなぜか僕の心を見透かしてくる。なぜわかるの? と思うことがいくつもあった。特に泣きたい気持ちを持っていた時が一番かもしれない。僕自身気付いていないことだったから。


 アキが僕のことを気になっている? 思ってくれてる? うん、好意があるというのは間違いないと思う。鈍感な僕でも流石にね。でも今の僕の心はすぐ応えられるほど定まっていない。今井さんに対しても僕は宙ぶらりんのようだった。

 それを気付かせてくれたのもアキだった。泣いたからわかったんだから。泣くって事は好意が完全になくなったわけではない可能性があるってことだと僕は思うから。

 だからこそまずは気持ちの整理をしないといけないなと僕がそう考えていたところに


「ねえ」


 道ですれ違った人からそう声をかけられた。僕は考え事をしていたせいで誰とすれ違ったのかわからなかった。だから僕は後方を振り向いて相手を確認した。


 そのすれ違った相手は……今井さんだった。




 今井さんは少し目を腫らしているようだった。そんな今井さんを見て僕は固まっていた。というのも振られてからろくに話しておらず気不味い思いがやはりあるわけで。そんな僕に今井さんは更に声をかけてきた。


「ねえ……なんで、なんで私なんかを好きになったの? なんで島田くんと友達だったの? なんで……なんで? 」


 そう言って僕に問いかけてくる今井さん。そして僕がその問いに言葉を発する前に


「私は近藤くんのことがだいっきらい。だいっきらい、だいっきらい」


 と駄々っ子のように「だいっきらい」と連呼し、続けて


「あなたが私のことを好きにならなければよかった。あなたが島田くんの友達じゃなければよかった。あなたが居なければよかった。あなたがいるだけで私も島田くんも冬も何もかも壊れていってるじゃない。私、何もしてないのに……なんでよ」


 今井さんは僕に言葉をぶつけてきた。相当僕に言いたかったのだろうか? 普段穏やかな今井さんからは想像できないほどの勢いだった。けれど僕には意味がさっぱりだった。今井さんが嫌うのはなんとか分かる。でも真也? 冬って只野さん? 僕が居ることでみんな壊れている? わからない、訳がわからない。


「近藤くん、あなたなんてだいっきらい。それだけ言いたかったの。じゃ」


 そう言った後、僕の言葉は要らないと言うかのように直ぐに僕とは反対方向へと向かって歩いていった。




 呆然と固まってしまっていた僕。そして浮かぶは先程告げられたことからの思考。


 好きな人は僕のことが「だいっきらい」だったってさ。

 わかんなかったな。真也や只野さんのことも僕が何を壊していたのかわかんないや。一緒のグループに居たのになあ。少しは仲良く出来ていたつもりだったんだけどな。はぁ「おまけ」どころじゃなかったんだなあ。僕って。好きな人から居ないほうが良いと思われてたんだなあ。


 先程までの幸福な感情から突き落とされてそこに残された僕はそう思うのだった。

 





 

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