第41話 こいつは俺が

 俺は、言うべきだったのだろうか。

 

バイト先の階段から突き落とした犯人。メモの持ち主の正体が誰だったのかを。


 「ごめん、ちゃんと覚えてないんだ」


 病室で、二人から尋ねられたが、どうしても言う気にはなれなかった。


 別に、自分だけが秘密を握って優越感に浸りたい、なんて幼稚なことは考えてな

い。


 すべてを覚えている俺の目に映った、あの日の彼。


 明らかに動揺して、その正体を隠しておかなければ、まずいと思った。


 メモに書かれた字は、二人の人間が書き込んでいた。


 『ヒーロー』に関する説明文と、『ヒーロー』としての所感のようなもの。


 前者は、どこかで見たようなことのある字だったが、思い出せない。人の字なん

てそんなに興味がないから。


 俺が覚えていたのは、後者。何度も目にしている。


 バイトで指摘された内容を、おどおどしながらメモを取る、あの男の字。


 バイトのミーティングで毎度、隣の席になるものだから、横目で彼の字が見え

る。


 男のくせに、女子のような可愛らしい丸い字を書く。


 そんな可愛らしく刻まれた字の内容が、俺に『ヒーロー』の正体を暴露させなか

った。


 


 四月九日。


 五年前の四月の『継承』が、本当だったとは。


 こんなに素早く動けるまでは、半信半疑だった。


 


 確か、こんな内容で、彼も四月から怪獣だった。ある日ヒデ君は、五年前の二月

に継承して今年の四月に発症したと言っていたから、きっと個人差があるのだろう。


 注目すべきは、そのページに書かれた後半部分。




 捨てなくてよかった。このメモを。


この命を。




 文章の重みに圧倒されて、俺は誰にも言えなかった。


 無責任に喋ったら、とんでもないことになってしまう。


 そう直感した。


 それが、この有様だ。


 俺が、ヒデ君に、ちゃんと言っていれば、こんなことには…。


 俺は、両手を握り締めた。内側に立てた爪によって、両手から血が出そうなほど

に。


 俺は、震えた。


 怒りに。


 不甲斐ない自分と、目の前のこいつに。


 「頼む、命だけは…」


 「うるさい。死ね!」


 『ヒーロー』は、拳を振り上げる。


 「おいっ!!!」


 振り上げた拳を止め、視線をこちらに向けた『ヒーロー』。


 心拍数が、急激に上がった。


 首から下を寒気が駆ける。まだ誰にも何もされていないのに、心臓が苦しい。


 怖かった。


 でも、でも。


 「俺とタイマン張れ!!」


 「はあ?」


 『ヒーロー』は、首をかしげて、笑った。


 「お前みたいな雑魚が、勝てるわけねえだろ! くたばってるこいつにも逆らえ

ねえのに、ははははは!」


 三田村をサッカーボールのように足でぐりぐりと弄ぶ。


 「おい」


 「あぶねえからやめとけって」


 「三田村でも勝てねえんだぞ」


 周りも、俺の突拍子のない発言に騒然とする。


 「あんた! 馬鹿じゃないの!?」


 黒音ちゃんは声を張り上げて、俺を止めようとする。


 「はぁ…、お前の、勝てる相手じゃねえ、…早く逃げろ、ポンコツ間中」


 意識のあった三田村が、彼なりの言葉で珍しく俺を心配してくれる。


それでも俺は、続けた。


 「俺にだって、ムカついてるだろ?」


 先ほどまで肩透かしを食っていたヒーローは、とうとう俺に殺意を向けた。


 「こんな所より、体育館のステージでやろうぜ。お前の負けた面を大勢の聴衆の

前で晒してやりたいからな」


 「へえ~。言うじゃねえか。…後悔すんなよ。クソ間中」


 俺たちは、その足を体育館へと進めた。


 ヒデ君が来るまで、絶対倒れない。


 むしろ、こいつは俺が。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る