第42話 応えてみせろよ

 「ごはぁっ!!」


 速かった。


 普段、ヒデ君が闘っているのを見た時よりも、ずっと。


 威力は、生身の人間のものなのに、それは素早くて、避けられない。避けられた

もんじゃない、こんなスピード。


 俺は、あっという間にボロボロになった。


 「ほらほら! どうした!?」


 ヒーローは、連撃を止めて、跪く俺の髪を掴み、頭を持ち上げる。


 「お前、さっきなんて言ってたっけ?」


 「うっ…」


 「俺の負けた面を、どうとか…言ってくれたよな? その威勢はこんなもんかよ

っ!」


 もう片方の手で、俺は殴り飛ばされた。


 「お前、ぶっ殺してやるよ…。さっきの三田村の馬鹿以上に、めちゃくちゃにして

やる!!」


 「もうやめてっ!!」


 俺の元へ駆けつけて、声を張り上げるのは…。


 「…!? だめだ、黒音ちゃん!!」


 「おいおい! 女に守られて恥ずかしくねえのかよぉぉ! 間中くぅぅぅ

ん!?」


 悔しいのに、立てない。彼女が危険に晒されているのに、身体が言うことを聞か

ない。


 周りも、ステージに上がった彼女を心配する。


 「やめとけよ!」


 「危ないって!」


 「鮎川さん!」


 ヒーローは、彼らの声の何かに反応した。


 「鮎川…」


 呟いて、俺を庇う彼女を見る。


 そして…。


 「きゃっ…!?」


 黒音ちゃんの首を片手で掴んだ。


 「動くなっ! …動いたら、もう一つの手の指で、お前の目を潰す」


 彼女は、固まった。周りも、口すら動かなくなった。


 「…へえ。お前があの、鮎川か…。公園であの『怪獣』が呼んでたなぁ…。俺は

ちゃんと分かってたよ。あいつが向いてた鮎川さんの方向。その後の君の声も。

君、顔が可愛いから…、ひひ」


 ヒーローは不敵に笑う。


 「やっ、やめろ!!」


 そして、顔を近づける。俺は、身体を起こそうとする。


 しかし、それよりも早く…。


 ドッ。


 「触んな。この不細工」


 彼女は、ヒーローを突き飛ばした。


 ヒーローは、しばらく呆然とした後に。


 「何しやがんだこの女ぁ!!」


 彼女の頬を張った。


 「やめろっ!」


 ようやく立ち上がろうとした俺は、あっけなく彼に顎を蹴り上げられ、再び倒れ

た。


 そして、次は両手で彼女の首を持ち、そのまま彼女を押し倒したまま首を締め上

げる。


 「がはぁっ…」


 朦朧とした意識の中で、苦しむ彼女と、逆上した男の姿が見える。


 「俺はなあ! お前みたいな女が嫌いなんだよっ! かわいい顔して、俺のこと

を馬鹿にしやがって! お前もぶっ殺してやる!」


 再び、彼女の頬を張った。


 そして、不気味な笑みを掲げながら彼女の制服に手をかけた。


 「その前に…、おらあ!」


 持ち前のスピードで、そのままボタンを全て引きちぎった。


 「このまま全部脱がしてやるよ! みんなの前でな! ついでに不細工に教えてく

れよ。女の身体をさあっ!!!」


 「やめてっ…」


 「じたばたすんじゃねえよ!」


 「きゃあ!!」


 もう一度、頬を張る。


 抵抗する彼女の手は、何度も素早い反応ではじかれる。


 そして。


 「次は外さねえからな、っへへへ」


 彼は、彼女に顔を近づけた。両手首を強く掴んで、床に張り付ける。


 見えているのに。


 黒音ちゃんが泣いているのが、苦しんでいるのが。


 見えているのに。


 みんなの代わりに、思い切って殴り飛ばすべき相手が。


 顎を蹴られて、ボコボコにやられて動けなかった。


 俺は、このまま何もできないまま終わってしまうのか。


 意識と無のはざまで、涙が出たことに、かろうじて気付いた。


 『文化祭終わったら、あいつに告ろうと思う』


 文化祭の前日。


 黒音ちゃんが、俺に送信したメッセージ。


 彼女のことはどうでもいいと言えば嘘になるくらい、俺は黒音ちゃんのことが好

きだった。


 それでも、いやだからこそ、彼女には、二人には幸せになってほしかった。




 『男を好きになったのは、初めてなの』


 『成功すると思うかな? 告白』




 「来いよ…」


 お前のことをこんなに思ってくれる女がいるんだぞ。


 守ってみせろよ。


 応えてみせろよ、彼女の気持ちに。


 「ヒデオぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」


 倒れる前に、叫びたかった。ありったけの声で、音を荒げる。


 その時だった。


 俺の視界を横切るように、黒い影がステージの真下から駆け上がり、そのまま彼

女に纏わりつく敵を追い払った。


 「間中、黒音」


 衣替えしたばかりの綺麗な学ランと、そこから露出した黒い鱗まみれの手と頭を

した彼は、俺たちの名前を呼んだ。


 彼は学ランの上を脱ぎ、黒音ちゃんに着せた。


 そして、俺の元へ行き、膝を折り曲げる。


 「よく頑張った。後は俺に任せろ」


 「…うん」


 涙が止まらなかった。


 安心しきって失いかける意識の中、「黒音、間中を頼む」という声が最後に聞こ

えた。



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