第39話 決意

 日曜日の朝。


 怪獣になる二時間前の俺は、考えていた。


 『ヒーロー』の正体。


 彼は、きっと俺と同じ思念因子を持つ存在。俺と同じように、何者かによって

『継承』された存在。しかも、俺と同時期に。


 だから、俺は、覚悟を決めた。


 そして、その継承した存在の正体。


 少なくとも、俺の方は、『神』と名乗る男で…。


 「俺はこの力を、継承します」


 夏に立ち寄ってそれっきりだった白い室内。用途の分からない大きな機械が乱立

する白を基調とした部屋。


 「そうか」


 河田博士。


 「君には、たくさん苦しい思いをさせたね…」


 思念因子の生みの親は、俺を自分の子供のように痛みを想像して憐れむ。


 「そんなことないっすよ。悪いことばっかじゃなかったし」


 自分の親と年の近い人に下手に出られると、こっちが気後れしてしまう。俺は、

平気なふりをして見せた。


 「目的を、聞かせてくれないか?」


 俺が『継承』する目的を尋ねる博士。


 俺は答えた。


 「本当の『ヒーロー』を生み出したい」


 「本当の…?」


 博士は、尋ねた。


 「今、『ヒーロー』と呼ばれている男は、『怪獣』である俺を、『怪獣』である

という事実だけで嘲り、攻撃し、周りをそうやって盛り上げる。他者を傷つけて場を

賑わせる。それって、イジメと一緒なんじゃないかなって」


 河田博士は、俺の意思を黙って聞いていた。


 「だから俺は、自分の得じゃなくて、弱い立場の人を守るために、思念を具現化


できる本当の『ヒーロー』を生み出したい!」


 「…そうか」


 言いたいことを全て言い切った俺は、彼の返答を恐る恐る待った。


 「分かった…。君に任せる。俺のところまで相談しに来てくれてありがとう」


 彼は、昨日のステージの上の黒音と同じように深く頭を下げた。


 頭を上げて、次は俺の両手を取る。


 「俺も思ってたんだ。『強いヒーロー』を望んだ彼ではなく、『弱い怪獣』を望

んだ君を信じた。だから、彼ではなく、君に、情報を打ち明けようと思ったんだ」


 「おっさん…」


 「ただ、『継承』をするならば、お願いがある」


 「お願い…」


 「できれば、一人だけにしてほしい。そうすれば、もしその『継承者』が暴走して

も、私が止められるから」


 「突発的に思念因子を発動できる特効薬だ」と、錠剤の入った透明な瓶を俺に見

せる。


 「そんなことをしたら、あんたが危険なんじゃないか? その特効薬ってのも、

通常よりも利点がある分、副作用とかあるんじゃないのか?」


 「いいんだ…」


 博士は、自分を投げ捨てるように言った。


 「これは、贖罪なんだ。家族への…。妻と、そして息子への」


 「…」


 次は俺が黙る番だった。


 「世間には信用されなかったこの思念因子が、政府のとある人間には高く評価さ

れ、この因子に関する情報を一部提供した俺は、その莫大な謝礼金で、人格が豹変

した。今まで貧乏だった俺は、その莫大な財産で、多くの女を抱き、ギャンブルと

酒に溺れ、再び貧乏になり、家族を地獄に突き落とした。気の狂った妻をトカゲの

尻尾のように切り離し、息子は俺に絶望した。ただ、娘だけは、娘だけは…、俺の

味方だった」


 「そんな話…、ガキの俺なんかにすんじゃねえよ…」


 どう答えて良いか分からなかった。


 「はは…そうだったな。でも、そういう思いもあって、私は、君のために、家族

のために、命を捨てる覚悟だ」


 「分かった…」


 博士は、腕時計に目を落とす。


 「そろそろだね。君にこれを渡しておくよ」


 「これは…」


 それを見て、俺は一瞬怯えてしまった。


 拳銃。


 「実弾じゃないよ。これは、思念因子感染者のみに効く特殊光線銃。着弾した感

染者を、因子を『継承』した当時の場所へ転移させることができる。試作を重ねに

重ねて、昨日ようやく完成した」


 ヒーローの赤い銃身とは違う。黒。一見、本物と間違えてしまいそうな。


 自分が毎週撃たれているのと同じ銃を、今度は俺が使えるのか、なんだか皮肉な

ものだ。


 でも、どうしてヒーローはあの銃を持っているんだ? 彼が昨日開発したと言っていたが…。ヒーローは、政府と何か関係があるのか。…分からない。


 とりあえず「ありがとう」と言って、その銃を受け取った。


 「君にも随分と迷惑をかけたな、すまなかった」


 再び下手に出る彼。


 「だから、いいっつの。んじゃ、ちょっくら『ヒーロー』にかまってやるとする

か」


 固めた決意を受け止めてくれた彼に感謝して、研究所の玄関を開けて外へ出た。


 「君は強いな」


 博士の声を受け止めたまま、俺は黙って戸を閉めた。



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