第38話 三人
彼女は、存在していた。
ステージを照らすまばゆい光の中を、黒が立っていた。
客席の興奮と高揚の声の中で、黒い音が、自らの在り方を指し示すように存在し
ていた。
ああ、と感じるものがあった。
ステージを輝く照明は、こんなにもステージに立つ者を引き立たせるものなの
か、と。
彼女は、そう、『本物』だった。
彼女が歌詞を歌い終える。
演奏が、ラストスパートを駆け巡るようにギター、ベース、ドラムを弾き鳴らす。
その時、彼女は、その場でへたり込んだ。
がっくり項垂れれるように頭を下に向けた彼女。しかし、その頭をグイっと上げ
て、再びマイクを口に近づけた。
「ありがとう!!!」
その言葉を合図に、会場は歓声に溢れた。
「うおおおお!!」
「きゃぁぁぁぁ!!」
「こっちこそありがとう!!」
彼女の後ろで演奏する人たちや他のエントリーしたグループ、俺のグループで楽器
を弾いてくれた人がいる中で、こんなことを思うのは失礼だが、やっぱり思ってし
まう。思わざるを得ない。
彼女は、文句なしの一番だ。
この場にいる誰もが、きっと彼女には適わない。
クロートは喜んでいた。
今までインターネット上でのみ歌を歌い続けたクロートの想いは、インターネッ
トなど知らない人間にも、十分に、十分すぎるほど届いたことに。
黒音は涙を流していた。
その喜びの大きさに、抱えきれず押しつぶされるように。
「黒音ちゃぁぁぁぁぁん!!!」
千里も、ボロボロ泣きながら、彼女を祝福した。
「よかったぞぉぉぉぉ!!!」
俺だって。
俺はこの日を、この時を、きっと忘れることはないだろう。
「いいやぁ~、二人ともぉ! 最高だったね!」
十六時。
体育館から行く当てもなく校舎を歩く、俺と間中と黒音。千里はこの学校に兄貴が
いるとかで、主に黒音と離れるのを寂しそうに、俺たち三人の元を離れた。
「二人の歌声に俺、感動して涙しちゃったよ」
間中が、調子の良いことを言う。
「つーかお前も、司会なんてしやがって」
体育館に入って、まずは彼が会場を回していることに驚いた。
「ニヤニヤしながら『週末』って言葉を突き付けやがって、この馬鹿が」
「あはは…ごめんごめん」
俺のため息におどけた間中は、しかし、急に改まった様子で、言った。
「俺も、二人に近づきたいと思って」
「「はあ?」」
俺と黒音は、同時に疑問形を口ずさんだ。
「ああいや、…だって、こんなことを言ったら変だと思われるかもしれないけど、
二人は、多くの人たちに求められる存在だから」
間中は、拳をぎゅっと握りしめる。
「だから俺は、二人に近づきたかった。バイトとか資格の勉強とか、今回の司会
者とか。いろいろやって、その中のどれが一番自分にはしっくりくるもので、人から
頼られるほどに頑張れるものなのか、見つけたくて。…今日のは、我ながら良かっ
た気がする…、なんつて…」
「間中、あんた…」
「お前…」
俺と黒音は、数瞬の沈黙をおいて…。
「えっ、ちょっ…。いっだだだだだだだ!!!」
間中の耳を片方ずつ引っ張り合った。
「痛いっ!! なななっ!! なにぃ!? 二人とも!?」
痛そうな間中。
「お前! らしくねえこと言うなよ! 泣きそうじゃねえかバカ!!」
「そうよ! あんたのくせに、うるっと来たじゃない!!」
「褒めてるのか貶してるのか分かんないよ二人とも、…いだだだ…」
十六時の、地平線に近づいた西日の光が、今日の終わりを知らせる。
このまま、この日がずっと終わらないでほしいと、願った。
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