第37話 深く

 俺の登場でキャーキャー言ってた女子たちは、いっさいの嬌声を漏らさない。発言しているとすれば、「誰?」とか「誰だ?」のようなもので、知名度は低めだった。


 しかし、しばらくしてセンターに立つ『彼女』を見ては、「カワイイ」とか「き

れい」とか、男女ともに興奮する声が聞こえてきた。


 そして、聴衆は気付く。


 「アレ、ヒデといろいろあった女じゃね?」


 「ええっ!? そうなの!?」


 俺と彼女の、根も葉もない噂に。


 「いいよなあ、生徒会長ならあんな美人も食えるのか…」


 「みっともないくらい貪り食らってんだろうなぁ…羨ましい」


 お前らさあ…。


 限りなくでたらめに近い噂もあってか、彼女の知名度は皆無ではなかった。


 「『BLACK NOISE』のメンバーも、十二時に会場を沸かせてくれた四

人組と同様、最強の演奏者たちと最強のボーカルがコラボした最強ユニット! 少

年少女の黒い闇を武器に、戦慄の旋律を奏でるのがコンセプトだー!!」


 メンバー不足による助っ人を、コラボと言い換えて表現する間中。お前もお前です

げえな。


 「それでは、代表の方、コメントをどうぞ」


 間中が、マイクを渡す。


 黒音は、それを受け取り、一呼吸おいてから声を出した。


 「私は…」


 その美貌に似合う透き通った声が、館内の空気を舞う。


 「声カワイイ…」


 「ねっ」


 俺の右隣の女子たちが、彼女の声を初めて聞いて感嘆する。


 「黒音さん、やっぱりきれいだなあ…」


 左隣の女子も、彼女の声にうっとりする。


 左隣の女子…。


 「おいっ」


 「えへへ、黒音さんにお呼ばれされちゃって」


 照れくさそうにおどけるあの科学者の娘、河田千里が俺の左隣に座っていた。


 「私は、ここにいるみんなを楽しませる自信がありません」


 黒音の、突拍子のない発言に周りがざわざわと困惑し、騒然とする。


 「でも!」


 ぴしゃりとした声で、すぐさま騒然を断ち切る。


 そして言った。


 「ここにいるみなさんを楽しませたい気持ちは誰にも負けないので、どうか! 

応援よろしくお願いします!!」


 彼女は、深く、それは深く頭を下げた。


 顔を上げる。


 彼女は、雰囲気を察して口を挟まず、そのまま舞台裏に退く間中を確認すると、彼

女は再びマイクに口を近づけた。


 「それでは聞いてください」


 『黒』




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