第36話 分かる
「最近話題のバンドの曲でしたが、みなさん結構練習したんですか?」
演奏を終えた後、司会者からインタビューを受ける。
「そうですね。結構頑張りました。週末は特に」
リーダーで、ベースを弾いた生徒が応えた。
俺に質問来るなよ。
心の中で、俺は念仏を唱えるように連呼した。
ニヤニヤしながら、俺にどんな質問をしてやろうかと、企むようにチラチラ見てく
る司会者がうざい。芸人のコスプレ姿も、普段のうざさに『輪』をかけてうざい。
これは決して、自意識過剰なんかじゃない。司会者は、俺に絡みたいと思ってい
る。共演できたことをきっと喜んでいる。
こんの、クソ司会者がぁ~。
マイクを持って、意外と上手な司会をする間中が、とうとう俺の方を露骨に見て
きた。
「助っ人できたボーカルのヒデオ君も、きっと練習してきたんでしょうねぇ~。
特に週末は。とても力強い歌声でしたが、どうでしたか?」
週末ネタやめろ!
「ああ…、はい。けっこう緊張しました…」
マイクで発せられる自分の声がなんか気持ち悪かった。
「ヒデ君カワイイー!」
「緊張すんなって!」
周りが笑ってくれたのが唯一の救いだった。
「緊張するイケメンも、映えるぜぇ!」
間中が、またしても歓声を笑いに変えてくる。地味に上手くて腹立つわ。
にしても、こいつマジで。
裏切らないよな…。
「さあ、次に会場を沸かせるのは、この人たちだぁぁぁ!!」
十五時。
約束の時間。
ステージに立っていた俺も、今この時間は観客席に座ってステージを見上げる。
『俺は』遅刻しなかったぞ、とかつての廃校舎の屋上で怪獣を暴露した日を思い
出しながら『彼女』の登場を期待した。
司会者の、間中の声を合図に、俺たちと同じような四人編成のグループが登場し
た。
俺は、釘付けになった。
ステージのど真ん中に立つ、白い、おそらくノースリーブの上から黒い半袖のジ
ャケットを羽織り、黒い短パンと黒いロングブーツを履いた女。長い黒髪と首に巻かれた黒いチョーカー。
彼女は、鮎川黒音じゃない。
『クロート』として、このステージに、彼女は立っていた。
『だから! 俺にチャンスをくれ! お前のことを分かってやれるチャンス
を!』
いつか、自分が彼女に放った息(ブレス)。
分かることができた。この微妙なニュアンスを。
歌い手としてインターネットで歌う曲のPVには、彼女の姿は映らない。代わり
に、『絵師』が手掛けた『イラスト』としての彼女が現れる。
クールで色っぽい歌声から描いたという、絵師が想像した歌い手『クロート』の
姿。
そして、今ステージに立っている彼女の衣装は、数ある曲の中でも一番人気を誇る曲の
PV内で、実際に『クロート』が来ていた衣装だ。
俺は、それを分かることができた。
あのかっこよさと色っぽさを含んだ服を、彼女の気まぐれなんかではなく、彼女なりの特別な思い入れがあって、それを着たということを、俺は、分かってやることができた。
彼女は、まだ歌ってもいないのに、ただそこに存在しているだけで、俺は涙が出そ
うになった。
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