第35話 感謝

 「おおヒデじゃん」


 「ヒデくーん」


 「寄ってけよ!」


 廊下を歩いていると、各クラスの生徒から、自分たちの教室を誘われる。


 生徒会長として見回りをしながら、クラスの展示を楽しむ。間中や黒音を誘った

のだが、二人はクラスの用事とかで忙しいみたいだ。


 だから、一人で回ることにした。拓斗と佳也子も空いていたが、拓斗は拓斗で忙

しいみたいだし、佳也子は俺が避けたかった。


 「じゃあ、ちょっと寄ってくか」


 同級生の教室に入ることにした。


 「おう、そう来なくっちゃっ!」


 「キャー! ヒデくーん!」


 「いらっしゃい!」


 文化祭でも相変わらず持ち上げてくれるんだな。


 生徒会長としての俺を。


 ああ、神様。


 願わくば、明日もこうしてみんなが俺のことを喜んで待っていてくれますように。


 そんな願いも、きっと虚しく無駄になってしまうことだろう。


 明日が日曜日だという事実が、土曜日の今日を純粋に楽しめなくしていた。


 そんな中、俺のスマホだけが、相変わらず無気質に着信音を立てる。


 メッセージの知らせを確認し、SNSアプリを起動する。


 『今日の十五時、体育館で』


 送り主が送り主だったので、まさか、という思いでその短い文章を凝視してい

た。


 十五時の体育館と言えば、生徒たちが楽器演奏などを披露するライブ企画になっ

ている。俺も、知り合いの生徒から誘われて十二時から十二時半の間に、ボーカル

として出演するが。


 そしてさらに、スマホが着信音を鳴らす。


 『遅刻すんなよ』


 「うるせえな」


 俺は、くくっ、と笑いながら、クラス展示を後にし、体育館へと歩いて行った。






 「みんなぁ! 前半戦から盛り上がってるかー!!」


 「「「おおおおーー!!!」」」


 ライブ企画。


 今流行りのお笑い芸人のコスプレをした司会者が、意外と巧みなトークで会場を

盛り上げていた。


 「ヒデー!」


 「ヒデくーん!」


 舞台裏にいるのに、もうすでに俺を呼ぶ声が聞こえる。


 「ヒデ君コール早いからぁぁ!!」


 周りの早すぎる歓声を笑いに変える。いや、上手いな、上手すぎてびっくりだ。


 十一時五十分。


 俺の出番は、もうそろそろだ。


 「緊張してるのか?」


 俺のバックでギターを弾いてくれる生徒が俺をからかう。


 「ああ、まあな」


 俺は正直に言って、笑った。


 すると次はドラムの男が俺の肩をポンと叩き、


 「今日は来てくれてありがとな。お前はいい奴だから多少ミスっても、みんな楽

しんでくれるって」


 「それなら、いいんだけどな。誘ってくれて、ありがとな」


 三人の演奏者に誘われた俺だが、ここまで暖かく迎え入れてくれることが本当に

嬉しかった。


 「んじゃあ、いつものやっとくか!」


 「「おう!」」


 ベースを弾くリーダーの声を合図に、三人は俺を巻き込んで円陣を作った。


 十二時。


 俺たちは、司会者の合図でステージへと歩き出した。


 「ヒデー!」


 「ヒデくーん!」


 沸き起こる無数の歓声。


 演奏者たち宛にも歓声が届く。


 楽しい、と思った。


 まだ、歌も歌ってないのに、ステージに立っただけで、周りから歓声を浴びただ

けでもう十分満足できそうだと、思った。


 この状況から、俺は、あっ、と気づくことがある。


 それは、今年の四月から、週末怪獣になってから、他人の些細な好意に感謝をす

るようになったことだ。


 日曜日に、浴びる罵声の雨があったからこそ、少しの「会いたかった」や「あり

がとう」を感謝して受け止めることができる。


 生徒会長と、エリートと、社長の息子、という立場だけでは、きっと彼らの想い

をここまで深く味わうことができなかっただろう。


 だから俺は、この半年間を振り返るように、ありったけの感謝を届けるように、

声を鳴らした。


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